#歴史#芸術#日本
失われた「院政期絵巻」に
光を当てる。
苫名 悠佛教大学 歴史学部講師
Introduction
12世紀後半、後白河院の治世に制作された「院政期絵巻」は、ほとんどが失われ、現代には残っていない。苫名 悠講師は、模本を手がかりに、現存しない作品について考察し、「院政期絵巻」の全体像を明らかにしようとしている。
後白河院の世に作られた「院政期絵巻」
現存しない作品に焦点を当てる
平安時代末期、長期にわたって院政を敷いた後白河院(1127-1192)は、その間に数多くの絵巻を制作・収集したことでも知られている。御願寺である蓮華王院の宝蔵には、実に60点以上に及ぶ絵巻が収蔵されたという。「この時代に制作された絵巻は、『院政期絵巻』と称され、現存する最古の絵巻群として、美術史学の研究者の関心の的になってきました。しかしそのほとんどは失われ、原本が今に残る作品は、『伴大納言絵巻』『信貴山縁起絵巻』『地獄草紙』など10点にも及びません」。そう語るのは、苫名 悠講師。既存研究が現存する作品に集中する中にあって、苫名講師の独創的なところは、すでに失われてしまった作品に光を当てる点だ。原本が失われても、文献にその名が記されていたり、後年描かれた模本(模写)が現代に伝わっていたりするものもある。苫名講師はそれらを手がかりに、今はもうない作品について考察し、「院政期絵巻」の全体像を明らかにしようとしている。
後年に制作された模本を手がかりに
「後三年合戦絵巻」の原本に迫る
これまでに取り上げた院政期絵巻の一つに、「後三年合戦絵巻」がある。「今に残る最も古い『後三年合戦絵巻』は、貞和3年(1347)頃に作られた、現状では三巻からなる絵巻(貞和本)ですが、これには原本があることがわかっています。文献には、承安元年(1171)、後白河院の命令で、静賢という僧侶が、絵師の明実に描かせた『後三年合戦絵巻』(承安本)が存在していたことが記されています」。「後三年合戦絵巻」は、原本が失われながらも、現代でいう発注者やプロデューサー、画家、そして制作年が確認できる稀有な院政期絵巻なのだ。
「模本は一般に、原本がそのまま写されるだけでなく、模写された時代の様式や絵師の作風が反映されてその表現が変えられることも少なくありません」と苫名講師。そこで研究では、貞和本をつぶさに観察し、承安本から引き継がれた要素や表現を抽出することから始めた。
まず注目したのが、「顔」の表現だ。「例えば上巻冒頭に描かれた清原家衝配下の人物を見ると、顔の輪郭は、繊細で慎重な線描でかたどられています。これは、後白河院時代に活躍した藤原隆信の息子・信実(1176-1265)が描いたと伝わる『後鳥羽上皇像』に通じるものがあり、承安本に由来する表現と推測できます」と言う。一方、貞和本下巻第二段に描かれた義家軍の人物の顔貌は、これらとは大きく異なる。目・鼻・口といったパーツが大きくデフォルメされ、とりわけ鼻梁は異様なほど隆起している。「これらは、鎌倉時代中期の合戦絵巻『平治物語絵巻』に見られる武士の顔貌表現と近しい表現といえます」と分析する。
加えて苫名講師は、貞和本の顔貌表現には「似絵的なもの」が混ざっていると指摘する。「似絵」とは、中世に見られる肖像画の一形式で、技法的には、繊細な線を継ぎながら慎重に像主の輪郭や面相をかたどり、目・鼻・口などの形を明確に描くところが特徴とされる。先に挙げた清原家衝配下の人物描写は、この特徴と見事に一致する。「後白河院政期には、すでに『似絵』の源流となる人物表現がなされていたことを考え合わせると、貞和本に見られる似絵的な顔貌表現は、承安本においてなされていたものと判断できます」と論じた。
腸を露出した凄惨な切腹シーンに見る
オリジナルの承安本の痕跡
他にもさまざまな箇所について精緻な比較を行っているが、中でも目を向けたのが、「腸を露出した切腹」のシーンだった。「中世の合戦絵巻では、こうした凄惨な死体表現は一般的ではなかったと考えられます。先に挙げた『平治物語絵巻』や室町時代の『結城合戦絵巻』などにも切腹シーンはありますが、こうした描写は見られません。研究者の間でも意見が分かれるところですが、私はこうした表現が、承安本にあったものだとする見解に賛同しています」と言う。
その根拠として苫名講師はもう一つ、貞和本下巻第二段の「金沢柵陥落」の場面に描かれた5人の切腹者の群像を挙げた。ここでも腸の露出が見て取れるが、各人物の身体をかたどる描線にはあいまいなところがあり、いくつかの箇所で人体表現が破綻している。「これは、承安本から転写する過程で、写し間違いによる『写し崩れ』が生じた結果ではないかと考えられます」と苫名講師。とするなら腸の露出表現は、原本である承安本にあったということになる。
「さらに補足すると、こうした表現は、中世の仏教絵画にしばしば見られます」と続けた。死体が腐敗して白骨になるまでの過程を描く九相図や、鎌倉時代中期に制作された六道絵などには、腸が露出する凄惨な描写があるという。「承安本の制作当時、絵師の明実が切腹を描く際、当時すでに存在していたと想定される六道絵や九相図などの仏教絵画を参考にしたのだろう」と推察している。
詳細な分析を積み重ねた結果、苫名講師は、承安本を描いた絵師・明実が、後白河院のもとで制作されたと推測される「六道絵巻」の制作に携わる仏教絵師の一人だった可能性を指摘する。さらに「これは推測に推測を重ねた話になるが」と前置きした上で、斬新な着眼点に言及した。それは、なぜ承安本に似絵的な顔貌表現があるのかという点だ。「似絵を描く人物が、このような長大な絵巻を描く能力を持っていたとは思えない」というのだ。「当時『似絵』は、職業絵師ではなく、他の職能をもって朝廷に仕える官人、いわばアマチュアの絵師が描くものでした。その表現が承安本に見られるということは、明実をはじめ職業絵師たちが人物の顔貌以外をすべて描いた上で、似絵を得意とする人物が顔だけを描くといった分業体制で完成させたという可能性が浮かび上がってきます」
緻密な観察と鋭い分析によって、今はもうない作品の表現や作品の背景にある物語までが生き生きと立ち上がってくる。苫名講師の挑戦的な研究が、学術界にも大きなインパクトを与えている。
BOOK/DVD
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教員著作紹介
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『失われた院政期絵巻の研究』思文閣出版
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『仏師と絵師-日本・東洋美術の制作者たち』思文閣出版(共著)
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『マンガ/漫画/MANGA-人文学の視点から-』神戸大学出版会(共著)
表彰
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『美術史』論文賞 美術史学会 2020/05
個人のHP
苫名 悠/ 佛教大学 歴史学部講師
TOMANA Yu