#地域#こころ#国際#歴史#ケア#家族#障害#健康#マイノリティ#ジェンダー
オルタナティブ・ストーリーから探る
統合失調症者の「ケアの脱家族化」の
可能性。
塩満 卓佛教大学 社会福祉学部教授
Introduction
日本の精神医療保健福祉が「家族によるケア」に過度に依存していることに疑問を投げかける塩満 卓教授。定位家族からの自立を選択した統合失調症者のオルタナティブ・ストーリーを分析することにより、「ケアの脱家族化」の道筋を探っている。
日本の精神科病院の
平均入院日数は約9ヵ月
国際的に見て際立って長い

日本の精神科病院入院患者の平均在院日数は265日※。国際的に見ると、この日数は群を抜いて長く、かねてから批判の的になってきた。
「日本では、歴史的にも制度的にも障害者のケアを家族に強いてきたことに、その理由があります」と、説明した塩満 卓教授は、「ケアの脱家族化」を目指し、研究を続けている。
「例えばスウェーデンやデンマークといった北欧の国々では、18歳で成人になると、親元を離れ、自立して暮らすことが当たり前だという価値観が浸透しています。社会保障制度に居住権が組み込まれており、家賃補助などによって、病気や障害があっても地域で暮らしていける仕組みが整っています」と言う。
またアメリカでは、すでに1963年には精神医療が隔離・収容型から地域ケアへと舵が切られているという。「マディソンモデル」といわれるウィスコンシン州では、病床数を大幅に削減し、多職種が連携して支援する地域生活支援システムが構築されたことにより、精神病院への平均入院日数は、任意入院で約5日、強制入院で約15日にまで減少した。
対して日本はどうか。「2002年策定の障害者基本計画で、『施設等から地域生活への移行の推進』が掲げられ、続く2004年に発表された『精神保健医療福祉の改革ビジョン』では、10年間で約7万人の退院と精神病床数7万床の削減が掲げられました。しかし精神病床数の削減は、2014年までに1.8万床に留まり、1年以上の長期入院患者は、2018年でも約17万人にのぼります」。背景には、高齢化した家族が入院患者を引き取れない現実があるというのだ。
※厚生労働省:「令和元(2019)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」2020年。
「家族によるケア」に依存する法制度が自立生活を支える
ソーシャルサポート・ネットワークの構築を阻んでいる
「日本では、精神障害者の8割弱が、家族と同居しているという報告があります」と塩満教授。厚生労働省が2016年に実施した調査でも、65歳未満の障害者手帳保持者のうち、「親と同居」している精神障害者は、67.8%にのぼった。
塩満教授が主な研究対象としている統合失調症は、その多くが青年期(20±5歳)に発症する。その時点での親の年齢は、概ね50±5歳。その後、統合失調症者は精神病院への入退院を繰り返しながらも、長期にわたり家族のケアの下で生活する。発症から30年を経過すると、親の年齢は80歳前後に達し、亡くなったり、子どもをケアする力がなくなり、いわゆる「8050問題」に直面することになる。「その結果、加齢とともに統合失調症の症状は軽微になっていくにもかかわらず、残りの人生を数十年にわたって精神病院で過ごさざるを得ない人も少なくありません。親が丸抱えでケアしているがゆえに、親がケアできなくなったら、精神病院に丸投げすることになる。つまり家族によるケアに依存し続けることが、本人が家族以外のケアを受けるチャンスを奪い、結果的に自立生活に向けたソーシャルサポート・ネットワークを構築する機会を阻むことにつながっているのではないか」と疑問を呈する。
家族からの自立に成功した
統合失調症者の
オルタナティブ・ストーリーを
類型化する
しかし日本にも、多数派ではないが、親元から自立して生活することを選択し実行した統合失調症者がいる。塩満教授は、「家族がケアするというドミナント・ストーリー(支配的な物語)ではない、こうしたオルタナティブ・ストーリーに、『ケアの脱家族化』を進めるヒントがあるのではないか」として、質的調査を実施し、家族によるケアから社会的ケアへの移行のプロセスを明らかにしようと試みた。
定位家族からの独立を経験した9名の統合失調症者にインタビュー調査を実施。「複線径路・等至性モデル(TEM:Trajectory Equifinality Model)」を用いて、本人が定位家族から独立して暮らすことを決意し、実行するまでの意識や決断、行為について、その実相を時間軸で描き出すとともに、統合失調症者が定位家族から独立していく経路を四つのパターンに類型化した。そこから、すべてのパターンに共通する特徴を4点抽出した。

一つは、独立した暮らしに向かっていく最初の分岐点として、「頼りになる専門家」「雰囲気の合う福祉施設」といった「人」と「場」の獲得が見られたことだ。つまり独立には、専門家との出会いが極めて重要であることが見て取れた。二つ目は、同病の仲間との交流によって病状が安定し、「支援を受けながら自立する」方向へと、本人の価値観の転換が見られた点だという。「特に興味深かったのは三つ目、独立後、セカンド等至点として、新たな親子関係が築かれた点です」と塩満教授。それまでの「ケアする=ケアされる」、ひいては「支配する=支配される」という非対称の親子関係が、家を離れることで対等な関係へと変容していったという。最後に四点目として、独立前後から仲間や専門家の支援が重層的に展開されたことも観察された。
塩満教授は、当事者だけでなく、母親や専門家にも同様のインタビュー調査・TEM分析を実施。それぞれの立場から「ケアの脱家族化」による価値変容のプロセスを詳らかにし、家族との同居の解消が、統合失調症者の「8050問題」解決の一つの手段となり得ることを示した。
「こうした『ライフステージを通じた親元からの自立』を実現するには、家族ケアに依存せずに生活できるよう社会制度の整備も不可欠です」と強調した塩満教授。制度設計を目指し、問題意識を共有する研究者と連携し、研究とともに政策提言を続けている。

BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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『ビューティフル・マインド』DVD
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『マクドナルド化するソーシャルワーク-英国ケアマネジメントの実践と社会理論』ドナ・ダスティン/明石書店
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『ケアの社会学-当事者主権の福祉社会へ』上野千鶴子/太田出版
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『精神科病院脱施設化論-長期在院患者の歴史と現況、地域移行支援の理念と課題』古屋龍太/批評社
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『TEMでわかる人生の経路-質的研究の新展開』安田裕子・サトウタツヤ編/誠心書房
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『定本M-GTA-実践の理論化をめざす質的研究方法論』木下康仁/医学書院
教員著作紹介
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『ケアの脱家族化 統合失調症者と親双方の自律を支援するソーシャルワーク』法律文化社(単著)
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『新・精神保健福祉士シリーズ3 精神保健福祉の原理』弘文堂(分担執筆)
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『メンタルヘルス・ライブラリー 隔離・収容政策と優生思想の現在』批評社(分担執筆)
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『いま日本国憲法は 第6版』法律文化社(分担執筆)
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『社会福祉・介護福祉の質的研究法 実践者のための現場研究』中央法規(編著)
塩満 卓/ 佛教大学 社会福祉学部教授
SHIOMITSU Takashi
[職歴]
- 2006年4月~2016年3月 佛教大学・福祉教育開発センター・実習指導講師
- 2016年4月~2020年3月 佛教大学・社会福祉学部・講師
- 2020年4月~2024年3月 佛教大学・社会福祉学部・准教授
- 2024年4月~ 佛教大学・社会福祉学部・教授