#ケア#健康
看護学生の実践力を養う
VRを使った
バーチャル臨床実習教材を開発。
安居 幸一郎佛教大学 保健医療技術学部教授
Introduction
看護師を志す学生が臨床実践力を高める上で不可欠な臨地実習。
安居幸一郎教授らは、VR・ARを活用し、臨床現場での看護実践を仮想的に体験しながら学べる教材を開発した。
コロナ禍で看護学生の
臨地実習が不可能に
代替手段としてVRを使った
実習教材の開発をスタート
佛教大学保健医療技術学部看護学科では、看護の理論と技術の習得から研究能力の涵養まで、充実した教育を通じて、全人的ケアを実践できる看護師の養成に力を注いでいる。看護師を目指す学生が臨床実践力を身につける上で欠かせないのが臨地実習だ。学生は医療現場に赴き、実際に患者と関わる中で、教室では得られない知識や技術を体得していく。
「しかし2020年、新型コロナウイルス感染拡大により、多くの医療機関で臨地実習が中止となり、学生が臨床経験を積む機会が失われました。そこで、代替手段としてVRを活用した臨床実習法の開発を構想しました」と、安居教授は経緯を語る。
VR(仮想現実)やAR(拡張現実)は、あたかもその場にいて現実に体験しているかのような没入感を得られるのが特徴で、ゲームのみならず、産業や医療、教育など幅広い分野で応用が進んでいる。しかし、看護教育への導入はまだ限られている。「コロナ禍が収束し、臨床現場での実習が再開された現在でも、VR教材は実習の事前学習ツールとして大きな可能性を秘めています」と安居教授。こうした背景から、佛教大学総合研究所の共同研究プロジェクトとして「Withコロナ時代の看護学生に対するVR(仮想現実)臨床実習法の開発およびキャリアデザインの動向調査とその支援」を立ち上げた。
3Dバーチャルツアー形式で
在宅看護を実践的に学べる
VR教材を開発
看護教育における臨地実習の場は、病院や福祉施設など多岐にわたる。その中で安居教授らが着目したのは、地域・在宅看護だ。「高齢化の進展に伴い、病院に長期入院するのではなく、自分が暮らしてきた地域に帰り、在宅で医療や看護を受ける患者さんが増えています。したがって、地域・在宅看護の重要性はますます高まっています。そこで、本研究プロジェクトでは、在宅看護を想定したVR教材の開発に取り組みました」
安居教授は看護学科の教員らと共同で、大学内の実習室に療養者の自宅環境を再現し、在宅看護のシミュレーションの様子を360度カメラで撮影。3Dバーチャルツアー形式で、在宅看護の模擬実習が可能なVR教材を開発した。
VR教材は、訪問看護師が療養者宅を訪問するところからスタートする。学生はパソコン画面上でマウスを操作し、ドアを開けて入室し、玄関から療養者と家族がいる居間へと進んでいく。360度視点を切り替えながら、療養環境を静止画で自由に観察できるのが特徴だ。各場面で看護師として注目すべきポイントを発見し、カーソルを当てると画面上に「気づきポイント」のアイコンが表示され、ポイント内容を精読できる仕組みになっている。また、発見した「気づきポイント」の数が点数化されることで、学習の進捗も確認できる。
「看護師が気づくべきポイントは数多くあります。例えばベッドの高さや手すりの位置、床に滑りやすいマットがないかといった安全面の確認だけでなく、薬の管理状況、家族との関係、さらに療養者が大切にしている価値観など生活背景への洞察も求められます」と安居教授は解説する。
VR教材の制作にあたっては、看護教育に最適なデザインと技術を追求した。「学生がVRヘッドセットを装着して個別に体験する形式よりも、複数の学生が意見を交わしながら進めたり、教員が学習の様子を見て助言したりする形式の方が効果的だと考えました。そのため、頭に装着するゴーグル型の機器ではなく、パソコンのモニターを見ながら操作する方式を採用しました。また、動画ではなく静止画を用いたのは、学生が各場面をじっくり観察し、看護上の着眼点を深く考察できるようにするためです」
開発したVR教材は、臨地実習の事前学習として授業で活用され、学生から高い評価を得た。一方で、操作性や画質に関する技術的な課題も見えてきた。
看護教育分野に広がる
VR・AR教材の活用可能性
浮き彫りになった課題を踏まえ、安居教授らはVRのブラッシュアップを進めた。新たに360度動画や音声解説、テキスト情報を統合的に表示する技術を導入。さらに拡大しても画質が劣化しない超高精細360度静止画技術も採用した。こうして、観察・学習・記録・フィードバックまでを一体的に支援する統合型VR教材が完成した。現在は教育効果の検証とともに、さらなる改良を進めている。
とはいえ、VRやARを看護教育に本格的に導入していくためには、まだ多くの課題が残されている。なかでも大きな問題が教材制作にかかるコストだ。看護の分野は多岐にわたるため、さまざまなケア場面を再現したコンテンツを整備するには、相応の費用と労力を要する。また、教育現場のICT環境整備や教員のデジタルリテラシー向上も重要な課題である。
「課題はあるものの、VRやARを活用した看護教育には大きな可能性があることに間違いありません。今後も実証的な研究を重ね、より効果的で実践的な教材開発を進めていきたい」と安居教授は展望を語る。本プロジェクトが、看護教育におけるVR・AR活用の先駆けとなり、新たな教育手法の開発・発展に弾みがかかることを期待したい。
BOOK/DVD
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教員著作紹介
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「Withコロナ時代の看護学生に対するVR(仮想現実)臨床実習法の開発およびキャリアデザインの動向調査とその支援」佛教大学総合研究所共同研究成果報告論文集 第13号
表彰
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2011年4月 日本消化器病学会奨励賞
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2016年6月 日本肝臓学会 欧文機関紙『Hepatology Research』High Citation賞
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2022年10月 佛教大学学術賞
安居 幸一郎/ 佛教大学 保健医療技術学部教授
YASUI Kohichiroh
[職歴]
- 2000年5月~2003年3月 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・助手
- 2003年4月~2018年3月 京都府立医科大学・消化器内科学教室他・准教授他歴任
- 2018年4月~現在に至る 佛教大学・保健医療技術学部・教授
