#地域#こころ#ケア#芸術#障害#健康#マイノリティ
障害者の労働政策から、
誰もがイキイキと働ける職場を考える。
江本 純子佛教大学 社会福祉学部准教授
Introduction
精神保健福祉士としての実務経験から、精神障害者に関わる労働政策を研究してきた江本純子准教授。障害者雇用の現場を調査し、障害者が働きやすい環境づくりが、すべての労働者や職場に好影響をもたらすことを明らかにした。
研究当初、精神障害者が
「障害を抱えつつ働く」
ための労働政策はほとんどなかった
社会の中で働くことは、単に生活の糧としての収入を得るだけでなく、生きていく上で極めて重要な意味を持つ。仕事をやり遂げることで自分の存在意義を感じたり、人との関わりを通じて成長したり、生きる上でかけがえのない体験を得ることができる。しかし障害を理由に、そうした働く機会を失う人がいる。
江本純子准教授は、精神保健福祉士として働いていた時、精神障害で休職・退職した人の復職や就職を支援する難しさに直面し、精神障害に関わる日本の労働政策に問題意識を抱いた。それから精神障害者労働政策の課題を明らかにしてきた。
精神障害者に関する歴史をひも解くと、精神障害者が「障害者」と位置づけられたのは、1993年の障害者基本法によってはじめてであり、その後、1995年の精神保健福祉法によって福祉の対象とされた。同様に1990年代半ばまで、精神障害者は「障害者雇用関連施策の対象外とされ、利用できる施策がほとんどなかったという。「精神障害は、労働との関連で生じることも少なからずあり、障害の発症自体が労働政策と無関係ではありません。こうした状況にもかかわらず、精神障害を抱えながら働き続けるための施策が不十分でした。精神障害は、病と障害の両方の側面を併せ持つ障害であり、障害の程度はそのときどきの環境等の影響を受けて変化します。こうした障害状況に対応できるような施策が必要です」と、江本准教授は説明する。
変化が見え始めたのは、1990年代後半のことである。国際的に社会政策が「福祉から労働へ」「労働における福祉」と転換する中で、日本においても障害者の労働政策が増え始めた。精神障害者も障害者雇用の対象と考えられるようになり、2000年代以降、少しづつ制度ができてきた。しかしなお日本の精神障害者雇用に関する制度は、障害者の実態と乖離している。その要因の一つとして、障害に対する概念の違いが挙げられる。国際的な障害概念モデルとして、「メディカルモデル」に代わって、「ソーシャルモデル」が導入されているが、日本は未だメディカルモデル中心だからだ。「メディカルモデル」が障害を個人の特性と捉えるのに対し、「ソーシャルモデル」は、社会との関連の中で捉えるのが特徴だ。「とりわけ精神障害は、個々の個人的な状況や置かれている環境によって障害状態が変化するため、旧来のメディカルモデルでは対応できません。ソーシャルモデルによる政策の再構築が必要です。まずは『障害』や『労働』に対する確固とした政策理念を構築することが重要です」と江本准教授は指摘している。
障害者雇用が共に働く人や
職場全体に
良い影響をもたらすことを実証
近年、江本准教授は、精神障害に留まらず、障害者全般の雇用のあり方について研究を深めている。
江本准教授によると、障害者雇用政策は、2000年前後から関連法や制度の改正を重ね、雇用の量的な拡大が図られてきた。さらに2013年の障害者雇用の促進等に関する法律(「障害者雇用促進法」)の改正では、事業主に障害者差別禁止、合理的配慮を義務づけるなど、質的な拡充も図られることになった。
「障害者雇用の量・質を拡充することは、障害者本人はもとより、障害者と共に働く労働者や事業主にとっても良い結果をもたらし、誰もが安心して働ける職場の実現につながるはずです」
それを実証するため、江本准教授は、障害者雇用の効用について、実際に障害者を雇用する企業を対象に調査を行った。障害者を雇用する九つの事業所で、事業主、就労している障害者及び同僚の労働者にインタビューを実施。聞き取った内容を分析した結果、障害者を雇用することによるさまざまな効用が明らかになった。
一つは、同じ仕事を複数人で分け合うことで、仕事に支障を来さなくなったことだ。1人で8時間行う作業を2時間ずつ4人で行ったり、通常8工程ある作業の分担を細分化し、一部だけを障害者が担当するといった方法を取ることで、円滑に仕事を遂行できるようになったという。また障害者への配慮が他の労働者にも良い影響を及ぼすこともわかった。障害者に対してやわらかな言葉遣いやコミュニケーションを意識した結果、他の労働者にも柔和に対応でき、職場全体がやわらかい雰囲気になったという声が聞かれた。さらには障害者の個性(特性)を積極的に生かすことが、新たな仕事の創出や新規事業開拓に結びつく事例も見られたという。精神障害者の症状を管理するための取り組みが、ソフトウェア開発につながったり、障害者にできる仕事を考えた結果、新たに障害者施設運営を始めた例が報告された。
「調査を通じて、障害者雇用を成功させる上で重要なポイントが見えてきました」と江本准教授。それは、「仕事」を中心とした考え方から「人」を中心に据えた考え方へと発想を転換することだという。「『この仕事は、障害者にできるか』と可否を考えるのではなく、『この障害者を活かすのは、どんな仕事か』という発想で方策を考えることが重要だとわかりました」
労働政策だけでなく
福祉政策にも射程を広げ、
障害者の働く制度を考える
現在は、障害者の働く制度について、労働政策だけでなく福祉政策にも射程を広げて研究を進めている。「障害者が働くための制度は、長らく福祉分野と労働分野に分断されてきました。それが2006年に成立した『障害者自立支援法』によって福祉分野と労働分野の連続性が意識されるようになりました。しかしいまだ十分に整備されているとはいえません」と江本准教授。こうした課題についても解決策を見出そうとしている。
障害者基本法の目的として、第1条に「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」とある。障害者雇用のその先に、この実現があると信じ、江本准教授は研究を続けている。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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「精神科に入院中の方のための権利擁護調査事業2020」(『各地の精神医療人権センターの実践から考える』 )認定NPO法人大阪精神医療人権センター
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『精神障害・発達障害のある方とともに働くためのQ&A50:採用から定着まで』日本加除出版(分担執筆)
教員著作紹介
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「地方における障害者就労支援の現状」(『社会政策』16(3) 99-110)ミネルヴァ書房
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「精神科医療における権利擁護に関する課題 :大阪精神医療人権センターの調査報告書をもとに」(『社会政策』16(1) 88-98)ミネルヴァ書房
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「システムとしての職場における障害者雇用の効用:障害者雇用を通じたディーセントワークの実現」(『社会政策』8(3) 92-105)ミネルヴァ書房
江本 純子/ 佛教大学 社会福祉学部准教授
EMOTO Junko
[職歴]
- 1995年1月~2008年3月 大阪府こころの健康総合センター・非常勤精神保健福祉士
- 2008年4月~2010年3月 大阪府立芦原高等職業技術専門校・非常勤精神保健福祉士
- 2010年4月~2024年3月 県立広島大学・保健福祉学部・准教授
- 2024年4月~現在に至る 佛教大学・社会福祉学部・准教授





