#貧困#家族#子ども

気持ちを手がかりに「子どもの権利」を知り、
子どもとおとなの対話の機会をつくる

長瀬 正子佛教大学 社会福祉学部准教授

Introduction

ロナ下に出された国連声明をもとに、子どもの気持ちを手がかりに子どもの権利を知る絵本が出版された。執筆者の長瀬正子准教授は、子どもの権利が大切にされる社会のあり方について研究している。

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長引くコロナ下に非常時の
子どもの権利について考える絵本を刊行

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長引く2021年9月、「子どもの権利」を考える一冊の絵本『きかせてあなたのきもち 子どもの権利ってしってる?』(ひだまり舎)(以下、新版)が刊行された。

本書は、国連・子どもの権利委員会から出された「新型コロナウイルスに関する声明」が基になっている。コロナ下を含めた非常事態に後回しにされがちな子どもの気持ちに焦点を当て、権利につなげて考えるワーク型の絵本だ。底本となっているのは、2020年9月に自費出版により出された『子どもの権利と新型コロナ』。国連声明が出されてから、1年半の間に2冊の絵本を著した長瀬准教授にその思いを聞いた。

「2020年4月8日、国連・子どもの権利委員会は、コロナ下で起こる子どもの権利侵害を想定し、子どもの権利条約を批准する国に向けて声明を発信しました。11項目からなる声明は、子どもたちが受ける身体的、情緒的、心理的影響について警告するとともに、特に重視すべき子どもの権利を示してます」と長瀬准教授は解説する。

日本では2020年4月10日、子どもの権利に関わる国際文書を翻訳・発信している平野裕二氏による日本語訳がインターネット上で発表された。それを読んだ長瀬准教授は、すぐにこの声明がいかに重要なことに言及しているかを理解するとともに、専門家だけでなく、一般の人や子どもにも届ける必要性を感じた。そこで平野氏の日本語訳をもとに原文を読み解き、中高生にも理解できる平易な日本語で表現し直し、同年の5月5日こどもの日、WEBサイトやSNSで公開した。

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よりつらい状況にいる子どもに視点を置く

国連・子どもの権利委員会は、「子どもの権利条約」の実施状況を国際的に確認している機関である。保護者が育てられないために、施設など「社会的養護」のもとで育つ子どもを支える理念や方法について研究する長瀬准教授にとって、「子どもの権利条約」は、常に研究および実践の指針となるものである。日本は1994年に「子どもの権利条約」を批准したものの、いまだ社会にその理念が浸透するには至っていない。これまで長瀬准教授は、社会的養護で育った人たちの声に学びながら、ともに子どもが大切にされる社会のありようについて考えてきた。

国連声明においても「よりつらい状況にいる子どもに視点が置かれている」ところに着目する。「7番目の項目には『すべての子どもの権利を尊重するとともに、脆弱な状況に置かれている子どもたちを保護するための焦点化された措置をとるべきである』と記されています。社会的危機が起こった時、必ずそのしわ寄せを受ける人々が出てきます。権利が奪われやすい子どもに目を向け、政策の必要性を訴えているところに意義を感じます」と長瀬准教授。分かりやすい日本語訳を公開したことにより、「子ども自身が『自分の権利を保障するために必要な仕組みを国や社会に要求していいんだ』と知ると同時に、大人にとっては『子どもが生活の中で我慢させられていること、奪われていること』に気づく機会になれば」と狙いを語る。

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「子どもの権利」を子ども自身が気づくために

長瀬准教授の取り組みはこれで終わりではなかった。インターネット上に公開後、「もっと小さな子どもたちにも説明できる日本語訳も必要ではないか」という意見が多く寄せられたことから始まったのが、声明をより親しみやすい「絵本」にするという試みだった。小学生くらいの子どもでも理解できるやさしい日本語に改めて表現し直し、友人のmomo氏が描いたイラストを添えた絵本の制作を開始。 「苦心したのは、声明の意図するところを具体的に表現することでした」と明かした長瀬准教授。そもそも国連の条文は、ヨーロッパの倫理観や価値観、人間観に根差したものが多く、日本人には理解しづらいところがある。それに加えて国連声明は、日本では想像しにくい状況を指している内容も少なくなかった。そうした課題を克服しつつ、長瀬准教授が「どうしても伝えたかった」という子どもたちに向けた感謝の言葉を明記し、子どもたちが自由に気持ちを書けるスペースを設けるなど、さまざまな工夫を凝らし、2020年9月26日、自費出版で『子どもの権利と新型コロナ』(以下、旧版)を発刊した。旧版は長瀬准教授らの想像を超えて反響を呼び、1年間で4版を重ね2900部を販売した。

さらにこの活動は、絵本の専門家たちとの出会いを新たにつなげ、この本を必要としている多くの人に届けるために、商業出版としての刊行が実現となる。旧版では、「権利がむずかしい」といった読者からの応答が複数よせられていた。新版では、そうした課題を乗り越えるため、4月から週に1回2時間のオンライン会議で議論を重ねたという。そもそも人権とは、子どもの権利とは何かという点を小学校3年生くらいの子どもが理解できるような表現にあらためた。図書館にも配架できるよう、書き込みスペースは別冊化し、解説ページも充実させるなどさらなるブラッシュアップが加えられ、2021年9月『きかせてあなたのきもち 子どもの権利ってしってる?』が完成した。

別冊化した書き込みスペース

「子どもの気持ちは権利とつながっていることを知ってほしい」と長瀬准教授。「困ったことに直面した時、自分にはそれを声に出して言う権利があると知って初めて助けを求めることができます。『嫌だ』『辛い』『苦しい』といった気持ちは、子どもの権利を確かめる目印なのです」と言う。

最後に長瀬准教授は、今後の取り組みについてこう展望した。「家族は支え合うものだ、といった根強い価値観の元、無自覚のうちに家族に依拠する社会構造の中で、より厳しい状態におかれた子どもたちがさらに苦しくなる現状があります。家族でなくても支え合う制度や方策、本当の意味で子どもの権利を保障する社会のあり方を考えていきたい」。

2021年11月更新

BOOK/DVD

このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。

  • 『人権ってなんだろう?』アジア・太平洋人権情報センター(編)金子 匡良(著)白石 理(著)ippo.(絵)/解放出版社

  • 『世界中の子どもの権利をまもる30の方法』認定NPO法人 国際子ども権利センター(編)甲斐田 万智子(編)/合同出版社

  • 『子どもの権利ってなあに?』アラン・セール(文)オレリア・フロンティ(絵)福井 昌子(訳)反差別国際運動(IMADR)(監訳)/解放出版社

  • 『気もちのリテラシー』八巻香織(著)イワシタ レイナ(絵)/太郎次郎社エディタス

教員著作紹介

  • 『きかせて あなたのきもち 子どもの権利ってしってる?』長瀬正子 文・momo 絵/ひだまり舎

  • 『学校という場の可能性を追求する11の物語 ー学校学のことはじめ』(共著)/明石書店

  • 『社会的養護の当事者支援ガイドブック』長瀬正子、Children’s Views and Voices/Children’s Views and Voices

  • 『子どもアドボカシーと当事者参画のモヤモヤとこれから ー子どもの「声」を大切にする社会ってどんなこと?』(共著)/明石書店

  • 『生まれ、育つ基盤』「子どもの『声』と子どもの貧困―子どもの権利の視点から」(共著)/明石書店

  • 『きみとうたった愛のうた』りさり(著)長瀬正子(解説担当)/新書館

  • 『スクールソーシャルワーカー実務テキスト』金澤ますみ他と共著/学事出版

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長瀬 正子/ 佛教大学 社会福祉学部准教授

NAGASE Masako

[職歴]

  • 2004年4月~2006年3月 常磐会短期大学幼児教育科 非常勤講師
  • 2004年4月~2006年3月 地域小規模児童養護施設くるみの家 非常勤職員
  • 2006年4月~2013年3月 常磐会短期大学幼児教育科 専任講師
  • 2013年4月~2020年3月 佛教大学社会福祉学部 講師
  • 2020年4月~現在に至る 佛教大学社会福祉学部 准教授
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