#こころ#国際#子ども
ドイツのビルドゥングから問い直す
子どもにとっての学びとは?
中西 さやか佛教大学 社会福祉学部准教授
Introduction
近年の幼児教育では、小学校とのつながりを視野に入れ、将来求められるさまざまな力の習得が重視される傾向にある。中西さやか准教授は、ドイツ特有の「ビルドゥング」という概念を研究。「子どもの視点」を起点に、子どもにとっての学びを問い直そうとしている。
「子どもにはどのように世界が見えているのか」
を起点にして子どもの学びを考える
幼児教育において子どもにどのような力を育むべきかについては、多くの議論があり、唯一の正解を示すことは難しい。「そもそも子どもにとって本当に必要な『学び』を私たちは捉えることができているのでしょうか」。中西さやか准教授はそう問いかける。
中西准教授は、「子どもにはどのような世界が見えているのか」という「子どもの視点」を起点にして学びについて研究している。
「2000年代以降、世界に共通する潮流として、幼児教育を小学校へ上がる前の準備教育と見なす傾向が強くなっています」と中西准教授。日本の幼児教育でも、小学校以降の学校教育とつながりのある資質や能力の育成が重視されている。「しかし子どもたちは、資質や能力という概念だけでは捉えることができないダイナミックな変化を遂げながら成長していきます。そのような成長や学びのプロセスを明らかにするためには、子どもの視点に立つことが大切なのではないかと考えました」と研究のきっかけを語る。
中でも焦点を当てているのが、「ビルドゥング」というドイツ特有の概念だ。「ドイツ語には、英語の『Learning』に相当する『学び』を意味する言葉の他に、『ビルドゥング』という言葉があり、伝統的な教育学の基礎概念として使われてきました。非常に多義的であいまいな概念で、一言で表すことは到底できない深遠な言葉です」と説明する。日本語では、「人間形成」「陶冶」「教養」「教育」などと訳されており、「自己変容」「自己生成」といった言葉とも重なるところがあるというが、いずれもビルドゥングの含意を完全に表すことはできないという。
中西准教授がビルドゥングに注目する理由は、ビルドゥングの主語が子どもであるということだ。ビルドゥングは、大人が行う教育的な働きかけとは区別される、子どもが行うことや子どもに起きることを表している。「子ども自身が行うことを表すビルドゥングは、子どもの視点から学びを捉え直す手がかりになると考えました」
ドイツの幼児教育における
ビルドゥング概念を探究
中西准教授によると、ビルドゥング概念の登場は中世に遡る。その後、数々の意味内容の変遷を経て、18世紀に社会的地位を確立。それから20世紀に至るまで、教育学の基礎概念として大きな影響力を維持してきた。もともとは学齢期以降の学習や教育の中で用いられてきたが、1990年代半ばからは、幼児教育の分野でも用いられるようになったという。
先述の通りその捉え方は多岐にわたる概念だが、中でも中西准教授が注目するのは、教育学者のゲルト・E・シェーファーの理論だ。シェーファーは、幼児教育でビルドゥングが重視される以前から研究してきた第一人者で、子どもの側からビルドゥングを概念化することに挑む研究者として知られている。
「シェーファーが強調するのは、ビルドゥングは教育内容や能力を表すものではないということです」と中西准教授。シェーファーは、子どもを『能力の寄せ集め』とみなし、不足している能力を教育によって『もたらす』という発想を根本から否定する。教育を与えるのではなく、「子どもの問い」から始まる探究的な学びを重視することで、教育の新たな方向性を示そうとしているのだ。「例えば子どもが、箱のふたを開けたり閉じたりしているとします。大人から見れば、何の意味もない行動かもしれませんが、子どもは試し続けることで、多くのことを感じたり考えたりしていることが読み取れます。シェーファーはこうした『子どもに起きていることこそが幼児期の学びにおける本質的な側面である』と述べています」と中西准教授。「幼児期の子どもが日常の遊びや生活の中で経験し、感じ、考え、それを経て世界への理解を深化させる。『子ども自身に見えていること』に光をあてることで、特定の能力獲得という視点からは見落とされがちな学びの姿が浮き彫りになってくるのではないか」と考察する。
ビルドゥング概念を明確にし
日本の幼児教育の道標となる理論を目指す
中西准教授は、ドイツで展開されたシェーファーのアプローチを次のように評価する。「まず『ビルドゥングとは何か』を問い直すことから始め、それを起点として新しい幼児教育を模索していく理論的なアプローチに共感しました。理論とは、いわば実践のための道標です。幼児教育の内容や方法だけでなく、その根底にある理論を構築していくことは、豊かな実践のために不可欠だと考えています」
中西准教授が目指すのは、ビルドゥング概念を手がかりに子どもにとっての学びを明らかにし、日本独自の幼児教育理論を再構築することだ。「日本の幼児教育・保育でも、ビルドゥングに共通する視点で子どもと接している実践者はたくさんいます。今後は、さまざまな現場に足を運び、実践者と知恵を出し合いながら、これからの幼児教育の道標となる理論をつくっていきたいと考えています」と展望した。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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『ドイツの幼児教育におけるビルドゥングー子どもにとっての学びを問い直す』中西さやか/春風社
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『「保育の質」を超えて:「評価」のオルタナティブを探る』グニラ・ダールベリ、ピーター・モス、アラン・ペンス(浅井幸子監訳)/ミネルヴァ書房
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『子どものことを子どもにきく:「うちの子」へのインタビュー・8年間の記録』杉山亮/ちくま文庫
教員著作紹介
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『世界の保育の質評価―制度に学び、対話をひらく』明石書店(共著)
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『保育政策の国際比較 : 子どもの貧困・不平等に世界の保育はどう向き合っているか』明石書店(共訳)
表彰
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2013年度日本保育学会研究奨励賞(発表部門)2014年5月
中西 さやか/ 佛教大学 社会福祉学部准教授
NAKANISHI Sayaka
[職歴]
- 2013年4月~2018年3月名寄市立大学短期大学部・専任講師
- 2016年4月~2020年3月名寄市立大学・保健福祉学部・専任講師
- 2020年4月~現在に至る 佛教大学・社会福祉学部・准教授