#ことば#国際#こころ

「中国語らしい表現」を読み解き、
背景に潜む考え方を照射する。

池田 晋佛教大学 文学部准教授

Introduction

代中国語の文法を研究する池田 晋准教授は、特に中国で非常に多く用いられる対表現に着目。「疑問詞繰り返し構文」など特徴的な表現のメカニズムを解き明かし、意味のみならず、その背景に潜む中国特有の考え方にも迫ろうとしている。

01

中国語の対表現に着目
言語の背景に潜む考え方を詳らかにする

国 破 山河 在,
城 春 草木 深。

「国破れて 山河在り 城春にして 草木深し」

唐代の詩人・杜甫が詠んだ詩「春望」の冒頭の一節である。「漢詩に限らず、中国語には、同じ形式を繰り返す対表現が非常に多いという特徴があります」。そう語る池田准教授は、普通話といわれる現代中国語の文法を研究している。「特に日本語や英語ではこんな言い方はしないのに、というような中国語だけに見られる特有の表現に関心を持って研究してきました」と言う。

先の一節は、一句目の最初の二文字が「主語(S)・動詞(V)」、次の三文字もSVとなっているが、二句目でもこれと同じ構造「SVSV」を繰り返している。日本でよく知られた諺には中国語に由来するものが多くあり、その中にも対句表現を見つけることができる。例えば「口は災いのもと」は、原文は「病从口入,祸从口出。(病は口から入り、災いは口から出ていく)」と対句になっている。

「言葉に限らず、中国には古くから『対』を重んじる文化があります」と池田准教授。絵画のモチーフや伝統的な家や宮殿にも対の構造が少なくない。また首都の北京も、都市全体が左右対称に造られている。「言語や表現の背景には、中国の人特有の考え方やものの見方が潜んでいます。それを詳らかにできたら、言語や文法を知ることがもっと面白くなるのではないかと思っています」と研究動機を明かす。

湖南省長沙市の岳麓書院(左)、マカオの北帝廟(右)。伝統的建造物の入り口にはしばしば『対句』が見られる。
02

同じ語を二度繰り返すAABB重ね型表現を分析
「多数」から「状態」へ意味の変化を突き止める

これまでに池田准教授が着目した対表現の一つに、同じ語を反復する「重畳」表現がある。日本語の「人々」「時々」などがこれに当たる。「中国語には、品詞を問わず重畳形式を構成する語が数多く見られます。その中の特殊な一類に、複畳形式と呼ばれるものがあります」。代表的なのが、「子々孫々」のように同じ語を二度繰り返すAABB形式だという。

池田准教授は、多様な品詞のAABB重ね型の分析を試みた。「名詞成分からなるAABB重ね型の多くは、反復によって『多数』という意味が付加されます」と説明する。例えば「子孙(子孫)」は「子子孙孙」になると、「数多くの子孫」を表す言葉になる。同様に動詞AABBも、重複することで多くは「多量性」の要素が加わるという。

「子孙(子孫)」→「子子孙孙(数多くの子孫)」〈多数〉

「ところが一部の名詞や動詞は、重畳すると意味が変わってしまうことがあります」と指摘した池田准教授。例えば「坑(穴)」「洼(くぼみ)」は、「坑坑洼洼」と複畳形式になると、「たくさんの穴・窪み」といった多量性の意味は薄れ、「デコボコしている」という「状態」を表す意味に変わるという。

同様の名詞AABBを分析した池田准教授は、そこに興味深い共通性を見出した。「一つは、『特定の空間における物質の遍満状態』を表すこと、もう一つはAABBの原型の名詞ABが『極めて小さい物質』であるか、もしくは『限界性を持たない物質』を表していることです。つまり『坑坑洼洼』の場合、小さい坑・洼が、特定の空間を満遍なく覆い尽くした時、多量性が背景化して数量概念が希薄になり、均質的な集合体だと解釈されることで、デコボコという状態性が顕在化するというわけです」。

「坑(穴)」「洼(くぼみ)」→「坑坑洼洼(デコボコしている)」〈状態〉

「複畳表現のメカニズムを明らかにして再認識したのは、これらが中国語特有のものではなく、日本語や英語など他の言語にも共通して見られる現象であるということです」と池田准教授。日本語でも「棘」のように、重複すると「棘々しい」といった状態を表す意味になる名詞がある。「日本語はごく一部の語にしかこうした現象が見られないのに対し、より広範囲にわたって状態性を表す名詞重畳表現が見られるという点は中国語に特徴的だといえます」と考察した。

03

同じ語が前後に二度登場する
「同一成分繰り返し構文」を解き明かしたい

重畳形式と関連のある表現形式の中で、現在池田准教授が力点を置いているのが、「同一成分繰り返し構文」だ。その中の一つに、同一の疑問詞を前後で呼応させて用いる「疑問詞繰り返し構文」がある。

「谁能缓解失业问题,我就选谁(誰かが失業問題を緩和できるなら、その誰かに投票する)」

この構文は、条件と帰結の関係で結ばれた複文になっており、二つの疑問詞が複文の前節と後節に一つずつ置かれる。これまで二つの疑問詞は、必ず同一の対象を指すことなどが指摘されてきた。池田准教授は、この構文について考察を行い、独自の見解を提示している。「疑問詞繰り返し構文の前節と後節は、『多対多』の関係で結ばれており、事態実現のあり方の多様な可能性が示されている」というのだ。例えば「谁能缓解失业问题,我就选谁」において、「谁」には多様な人物が当てはまる可能性があるので、前節と後節の実現の仕方にも同じ数だけバリエーションが存在することになる。「前後節が『一対一』や『多対一』の関係で結ばれるその他の条件複文との違いは、この後節の帰結部分の在り方にあります」。疑問詞繰り返し構文をその他の条件複文との関係から特徴付けるという点は、池田准教授独自の分析だ。

同一成分繰り返し構文には、疑問詞だけでなく代名詞の「你(あなた)」が繰り返される構文(「你忙你的([ほかの事は気にせず]自分の用事をしなさい)」のような文)もある。「さらに複雑なのが、『主題(topic)』が前後で繰り返される構文です」と池田准教授。例えば「我吃肉吃多了(私は肉を食べ過ぎた)」は、直訳すると「私は肉を食べるのは、食べ過ぎた」となる。「こうした主題繰り返し構文については、中国でも多くの研究が行われてきましたが、いまだに不明な点が多く、学界でも統一した見解を得るには至っていません」と言う。「特に話し言葉によく出てくる『中国語らしい表現』なので、ドラマや映画などからたくさんデータを取って注意深く分析していく必要があると考えています」と池田准教授。今後さらに研究を推し進めていく。

2024年1月更新

BOOK/DVD

このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。

  • 『ことばと思考』今井むつみ/岩波新書

  • 『中国語の諸相』大河内康憲/白帝社

  • 『中国語文法の意味とかたち』木村英樹/白帝社

教員著作紹介

  • 『中国語学辞典』日本中国語学会編、岩波書店(分担執筆)

  • 『ポケットプログレッシブ中日・日中辞典』小学館(分担執筆)

  • 「多様性の複文―疑問詞連鎖構文の形式と意味―」、『ことばとそのひろがり―島津幸子教授追悼論集』立命館法学会

  • 「仮想的相互関係を表す疑問詞呼応構文について」、『楊凱栄教授還暦記念論文集 日中言語研究論叢』白帝社

  • 漢語名詞重疊AABB式中狀態性凸顯的語義條件Bulletin of Chinese Linguistics 8 Brill

表彰

  • 日本中国語学会学会奨励賞(2006年10月)

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池田 晋/ 佛教大学 文学部准教授

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[職歴]

  • 2009年9月~2011年9月 筑波大学大学院 人文社会科学研究科 助教
  • 2011年10月~2021年3月 筑波大学 人文社会系 助教
  • 2021年4月~現在に至る 佛教大学 文学部 准教授
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