#環境#地域#京都
都市において人と自然の
共生のあり方を考える。
水上 象吾佛教大学 社会学部准教授
Introduction
現代の都市では、利便性を追求するだけでなく、自然との共生や調和が求められている。水上象吾准教授は、都市居住空間の緑視率や人の意識を調査し、都市環境における自然と人のかかわり方を研究している。
都市の住環境に
緑はどれくらい必要か?
街を歩いていて、街路樹や公園の緑に安らぎを覚える人は少なくないだろう。現代の都市では、利便性だけでなく、緑などの自然も必要な要素と見なされており、都市機能と自然の共生や調和は、都市環境をつくる上で重要な課題になっている。「都市居住環境に関する評価でも、自然要素が住環境の快適性を高めることや、目に入る緑が増えるほど安らぎを感じる人が多くなることが報告されています」と説明する水上 象吾准教授は、都市環境を対象に、緑などの自然要素と人とのかかわり方について研究している。
都市において自然の存在が重視される反面、都市の発達によって、そこに自然を確保することはますます難しくなっている。水上准教授は、代表的な自然要素の「緑」が都市にどのくらいあるのか、緑視率を調査してきた。緑視率とは、人の視界に占める緑の割合を指す。「対象エリアの多数の地点で写真を撮影し、各写真の画面内に植物が占める面積の割合を測定して平均値を算出する方法で、緑視率を導き出しました。2000年頃、東京都の代表的な都市居住地域である世田谷区で調査したところ、緑視率は17.6%でした、25%が理想的という既存研究があり、それから比べると、やはり緑が少ないといえます」
そうした中で、都市では自然の少なさを別のかたちで埋め合わせる「代償行動」が多く見られるという。「例えば家の周りに自然がなくなると、代わりに庭園や公園を散策したり、自然豊かなところへ旅行に行ったり、あるいは花を飾ったり、鉢植えの植物を置いたりすることも、代償行動に挙げられます」と言う。水上准教授は、自然を求める代償行動として、花の装飾や鉢植えに注目した研究を行っている。「東京都町田市の戸建て住宅地域を対象に、緑量と花の装飾との関係を調べたところ、緑視率が低い住居環境ほど、花の装飾が多いことが明らかになりました」
また京都市では、歴史的な路地の多い北区・上京区・中京区の居住地区で、路地の鉢植えの数と緑視率の関係を検証した。「対象エリアの緑視率の平均値は、2.72%と非常に低かったのですが、植木鉢が多く置かれている路地ほど緑視率が高くなることがわかりました」。さらに、幅の狭い路地ほど鉢植えが多く置かれていることも明らかになった。「幅の狭い路地は交通量や人通りが少ないことから、その路地を私的な場・自分の領域と認識する傾向が高まり、『私有物のあふれだし』として鉢植えの設置が進んだと考えられます」と考察している。こうした知見は、都市居住環境においてどのように緑を確保するのかを考える一助となる。
ヤモリから考える
都市における自然との共生
最近水上准教授は、京都市の都市居住地域で、ニホンヤモリを指標としたユニークな研究を行った。「ニホンヤモリは、都市居住環境に生息する野生動物の一種です。漢字で『家守』『守宮』などと書き、昔から家を守るものとして親しまれてきました」。一方で爬虫類として忌避する人も少なくない。「一般に都市の緑や自然に対し、多くの人が良いイメージを抱いています。しかし実は都市の自然には落ち葉の清掃、虫害・鳥害など、負の側面もあります。都市における人と自然の共生を考えていくためには、こうした自然要素の持つ負の側面についても人の態度や考えを把握する必要があると考えました」と水上准教授。ニホンヤモリは、人々に好悪両方の感情を与える自然要素として、格好の指標になるという。
ニホンヤモリは、隠れ場所となる隙間のある木造建築に多く生息していることから、古い町並みが残されている京都市の西陣地区を対象地に選び、ニホンヤモリが確認された場所や数、住民の属性や意識について調査・分析を行った。「興味深かったのは、ニホンヤモリを見つけた住民の属性が、ヤモリに関する興味や好みと関係していたことです。加えてニホンヤモリに対する好ましさには、住民の自然に関する考え方やヤモリについての知識、動物観も関わっていることが示唆されました。この結果から、自然や動物に関する興味の喚起や知識の提供、また自然とふれあう行動・経験によって自然への理解や自然観を育むことが、自然との共生意識を醸成することにつながっていくと考えられます」と分析した。
立ち入らずに自然を享受する
自然との共生の新しいあり方
さらに水上准教授は、都市における自然との共存の新たなあり方に注目している。その一つが、「人が立ち入れない場所の自然を享受する」というものだ。「例えば廃棄された工場跡地や炭鉱跡などが長く放置され、自然が回復した場所が、公園になっているところがあります。アメリカの『ガスワークスパーク』やドイツの『エムシャーパーク』などがそうです。空間に立ち入り、触れ合うことはできないけれど、外部から眺めることによって自然を享受できる。つまり人間の知覚を調整することで、限りある自然と共生する新たな方法を見出していけるのではないかと考えています」と言う。同様のことは、都市の水族館や動物園で、境界を隔てて展示動物という自然・野生を観賞することにも通じるという。今後も人と自然の新たなかかわり方を模索していく。
教員著作紹介
-
『Building Resilient Regions』Springer Singapore(共著)
-
『地域科学50年の歩みと展望』日本地域学会(共著)
-
『水と緑の計画学―新しい都市・地域の姿を求めて』京都大学学術出版(共著)
-
『文系学生のための基礎数学』昭和堂(共著)
表彰
-
環境情報科学センター学術論文奨励賞(2009年)
水上 象吾/ 佛教大学 社会学部准教授
MIZUKAMI Shogo
[職歴]
- 2005年4月~2011年3月 慶応義塾大学・大学院政策・メディア研究科・特別研究助教
- 2011年4月~2014年3月 佛教大学・社会学部・講師
- 2014年4月~現在に至る 佛教大学・社会学部・准教授
最新記事
-
#こころ#健康#マイノリティ#ジェンダー
新しい制御メカニズムから
生殖を巡る謎を解き明かす。小澤 一史佛教大学 保健医療技術学部教授
-
#環境#地域#京都
都市において人と自然の
共生のあり方を考える。水上 象吾佛教大学 社会学部准教授
-
#子ども#こころ#障害#地域
生涯にわたる
自尊感情の発達を捉える。箕浦 有希久佛教大学 教育学部講師
-
#ことば#国際#こころ
「中国語らしい表現」を読み解き、
背景に潜む考え方を照射する。池田 晋佛教大学 文学部准教授
-
#こころ#国際#子ども
ドイツのビルドゥングから問い直す
子どもにとっての学びとは?中西 さやか佛教大学 社会福祉学部准教授
-
#歴史
ローマ帝国の繁栄と衰亡。
辺境の地から新たな側面を浮き彫りにする。南川 高志佛教大学 歴史学部 特別任用教員(教授)
-
#こころ#ケア#障害#健康#環境
認知症のある人の「ウェルビーイング」の
ために「活動の質」を評価する「A-QOA」。白井 はる奈佛教大学 保健医療技術学部准教授
-
#地域#国際#日本
未曾有の人口減少を乗り越える一手とは?
政府の単位を超えた連携を考える。原田 徹佛教大学 社会学部准教授
-
#障害#ケア#健康
歩行機能の回復をアシストする
歩行学習支援ロボットを開発。坪山 直生佛教大学 保健医療技術学部教授
-
#地域#環境
原子力事故被害者への
完全賠償と損害賠償制度とは。久保 壽彦佛教大学 社会学部教授
-
#子ども#芸術
音楽科授業における教師の力量形成。
高見 仁志佛教大学 教育学部教授
-
#仏教#歴史#京都
鎌倉期の新仏教を再考。
「法難」事件の真相に迫る。坪井 剛佛教大学 仏教学部准教授
-
#こころ#国際#貧困#家族#子ども#健康
子どもたち自身が話し合い、
主体者となって考える「子どもの権利」。武内 一佛教大学 社会福祉学部教授
-
#子ども#ケア#家族#障害#こころ
精神疾患のある親をもつ子どもを支える。
田野中 恭子佛教大学 保健医療技術学部准教授
-
#地域#国際#歴史#日本#地図
日系薬品業者の大陸進出。
同業者組織と薬事制度から解き明かす。網島 聖佛教大学 歴史学部准教授
-
#仏教#国際#マイノリティ
インドの不可触民解放運動の現在を人々の日常から描き出す。
根本 達佛教大学 社会学部准教授
-
#こころ#国際#ケア#健康#マイノリティ
「多文化間カウンセリング」の視点から考える民族的マイノリティへの心理援助
藤岡 勲佛教大学 教育学部准教授
-
#歴史#伝統#文学
現代に生きる「神話」に
多様化社会で共存するヒントを見る。清川 祥恵佛教大学 文学部講師
-
#地域#ケア#障害#環境
変化する農山村の暮らしを支える、
農村ソーシャルワーク。髙木 健志佛教大学 社会福祉学部教授
-
#仏教#地域#歴史
伝説の高僧・泰澄は実在したのか。
ゆかりの地でその痕跡を追う。堀 大介佛教大学 歴史学部教授
-
#仏教#こころ#歴史#ことば#文学
現代ポップカルチャーに宿る
古代インドの思想。細田 典明佛教大学 仏教学部教授
-
#国際#歴史#日本
現代に生きるヴェーバーの言葉。
その真意を究明する。野﨑 敏郎佛教大学 社会学部教授
-
#障害#健康
働く障がい者の安全・健康を守る。
白星 伸一佛教大学 保健医療技術学部准教授
-
#歴史#日本
人事制度を通して眺める平安貴族社会の変遷。
佐古 愛己佛教大学 歴史学部教授
-
#国際#ことば#文学#環境#子ども#日本
豊かな言語体験を通して自然と英語力を
育む英語教育の授業づくり赤沢 真世佛教大学 教育学部准教授
-
#文学#家族#日本#歴史#国際
魯迅は、いかにして生まれたのか。
その誕生の秘密は、日本にあった。李 冬木佛教大学 文学部教授
-
#ケア#家族#子ども#ジェンダー
被災地で妊産婦や乳幼児の親を支える
助産師の役割を考える早瀬 麻子佛教大学 保健医療技術学部講師
-
#地域#こころ#歴史#環境
地域の持続性向上に貢献。
都市施設が果たす博物館的役割。堀江 典子佛教大学 社会学部准教授
-
#子ども#ことば#文学
学校教育に生きるユーモア・笑いの
可能性を探る。青砥 弘幸佛教大学 教育学部准教授
-
#貧困#家族#子ども
気持ちを手がかりに「子どもの権利」を
知り、子どもとおとなの対話の機会をつくる長瀬 正子佛教大学 社会福祉学部准教授
-
#仏教#歴史#京都
平安時代のスーパーヒーロー
陰陽師・安倍晴明の実像に迫る。斎藤 英喜佛教大学 歴史学部教授
-
#地域#ケア#障害#マイノリティ
被災地における「いのちと暮らし」を守る支援とは?
社会福祉施設に求められるBCP後藤 至功佛教大学 専門職キャリアサポートセンター講師
-
#歴史#国際#日本
大航海時代、東方を目指した旅行者に学ぶ異文化理解。
アイシュワリヤ・スガンディ佛教大学 文学部講師
-
#国際#歴史#貧困
朝鮮王朝時代の「倉制度」から読み解く現代の救貧政策。
朴 光駿佛教大学 社会福祉学部教授
-
#こころ#ケア#家族
望む医療・ケア・暮らしを自分で決める。
「アドバンス・ケア・プランニング」という考え方。濱吉 美穂佛教大学 保健医療技術学部准教授
-
#仏教#地域#こころ
お寺の社会活動が示す
「ともに生きる仏教」の可能性大谷 栄一佛教大学 社会学部教授
-
#仏教#芸術#歴史
敦煌莫高窟の仏教壁画に
武則天の影響を見出す。大西 磨希子佛教大学 仏教学部教授
-
#歴史#国際#日本
環太平洋海域に日本を位置づけ、
新しい近代史像を描く。麓 慎一佛教大学 歴史学部教授
-
#子ども#芸術#こころ
「音楽の生命」を絵で表現する
「絵譜」を再生する。臼井 奈緒佛教大学 教育学部講師
-
#障害#ケア#家族
障害者の母親として、女性として、
社会人として生きる現実を追う。田中 智子佛教大学 社会福祉学部准教授
-
#マイノリティ#ジェンダー#地域
マイノリティが生きやすい社会とは?
男性運動、地域活動から探究する。大束 貢生佛教大学 社会学部准教授
-
#京都#地域#伝統
民俗信仰に根差した京の祭りに見る
担い手たちの思い。八木 透佛教大学 歴史学部教授
-
#健康#地図#環境#京都
京都の豊かな名所・旧跡を
リハビリテーションに役立てる。赤松 智子佛教大学 保健医療技術学部教授
-
#ことば#文学#歴史
日本文学はどのように始まったのか
ー万葉の時代の文学表現を読み解くー土佐 朋子佛教大学 文学部准教授
-
#ケア#家族#こころ
大切な人を看取り、生きていく。
「喪失」のその後の生き方を問う。渡邉 照美佛教大学 教育学部准教授
-
#仏教#国際#歴史
古代インドの仏教写本を解読し
ブッダの思想に迫る。松田 和信佛教大学 仏教学部教授