#子ども#こころ#障害#地域
生涯にわたる
自尊感情の発達を捉える。
箕浦 有希久佛教大学 教育学部講師
Introduction
感情や人格といった目に見えない、言葉に表しにくいものをどうやって測定するか。箕浦有希久講師は、自尊感情を測定する尺度を開発するとともに、乳幼児から成人期までの各発達段階で適応的な自尊感情のあり方を明らかにしようとしている。
言葉で表せない赤ちゃんの自尊感情を
他者評定から測る方法を開発
人が社会の中で自分や他人を尊重し、物事に前向きに取り組みながら生きていく上で、「自尊感情」が重要だといわれている。箕浦 有希久講師は、乳幼児期から成人期までの各発達段階の自尊感情を捉え、その適応的なあり方を探っている。
まず乳幼児期に焦点を当てた成果の一つに、「赤ちゃんの自尊感情を測る方法」を開発した研究がある。「自尊感情の概念の基盤は、『自分が他者から受け容れられる存在であるという感覚』や『自分にはできるという効力感や自信』で、乳幼児期にもその萌芽が存在すると考えられます」と言う。
とはいえ言葉で表現できない乳幼児の感情や人格を捉えるのは簡単ではない。そこで箕浦講師は、動物のパーソナリティ研究を参考に、子どもの行動や反応を大人が観察して評定することによって乳幼児の自尊感情を測定する方法を考案。たとえば「〇〇は、自分はいろいろなことができると思っているように見える」「〇〇は、自分のことを他者から愛される存在であると感じているように見える」(〇〇の部分には評定対象の子どもの名前などを入れる)といった質問項目からなる。
次に、この尺度の妥当性を検討するため、乳幼児の「誇りの表出」を測る観察法調査を行った。乳幼児と実験者が積み木の積み上げ競争を行い、乳幼児が勝った時の「喜びの表出」を「誇りの表出」の行動指標として評価したところ,父親から子に対して評定した自尊感情尺度得点と相関がみられた。「この結果の他にも、私が開発した10項目で、親、母親、保育士といった養育者に乳幼児の自尊感情を評価してもらった結果を比較したところ、高い一致率が見られ、尺度の妥当性が確かめられました」
自己評価と自己受容の二側面から
自尊感情を育成する
続いて幼児・児童期においては、発達障害傾向のある幼児・児童の自尊感情を育む研究に取り組んでいる。
箕浦講師はこれまでの研究で、自尊感情を自己評価と自己受容の二つの側面で捉える重要性を指摘してきた。発達障害傾向を持つ子どもの自尊感情の育成においても、自己評価を豊かにする手法と自己受容を深めていく手法の二側面からアプローチすることを推奨する。まず自己評価を豊かにする手法としては、行動理論に基づくペアレントトレーニングに着目し、周囲の大人から子どもに対する一貫性のある対応の増加を重視している。箕浦講師が研究員として在籍する佛教大学臨床心理学研究センターでは、実際にオンラインのペアレントトレーニングの実践も行っている。
一方、もう一つの側面である自己受容とは、何かをできなくても、どんな自分であっても、「自分はここにいていい」「自分は価値ある存在である」と受け入れることを指す。箕浦講師によると、先行研究で自己受容は共有体験によって高まることがわかっているという。「例えば『親子で映画を観る』体験を共有し、父親が感動して泣く姿を見て、全然違うと思っていた人に自分と同じところがあると知ったり、その逆に気づくこともあります。こうした体験から他者を尊重する気持ちが育まれ、それが自己受容につながっていくと考えられています」と説明する。
これを実証する事例として箕浦講師は、大学生を対象に協働体験と「感動」との関係を検討した。大学生に協働作業あるいは、一人で作業を行った後に感動映像を見せ、どのくらい感動したかを主観的数値で回答してもらうという実験である。その結果、社会や集団に価値を置いていない大学生でも、協働作業の後では感動の数値が高まることが明らかになった。この結果について箕浦講師は「先行研究で、感動を伴う体験は、自己効力感を高め、他者に対する受容を促すことがわかっています。つまり協働作業によって感動しやすくなり、それが自己効力感や他者を尊重する気持ちに、ひいては自己受容につながっていくと考えられます」と分析している。
「自尊感情神話」を超えて
自己愛ではなく自尊感情を高める重要性
箕浦講師は、思春期から青年期、さらに老年期における自尊感情にも関心を向ける。「思春期から青年期にかけて問題になりやすいのが、他者軽視による仮想的有能感です」と箕浦講師。これは、無根拠に褒められて育ち、自己愛的な側面が強化されたことが背景にあるといわれている。「『自尊感情神話』という言葉があります。自尊感情さえ高めれば、すべての問題が解決するという誤解で、1980年代のアメリカで起きた『自尊感情ブーム』を反省的に表した言葉です。当時よく行われたのが、『無条件に褒める』『何があっても否定しない』といった態度で、それは自尊感情ではなく、自分の才能に対する誇大な感覚や共感の欠如といった、不健全な『自己愛』を高める結果を生みます」として、こうした他者軽視に陥らない自尊感情を育成する必要性を説く。
「他者軽視をいかに抑制するか」について、箕浦講師は成人700名を対象とした社会調査のデータから興味深い分析を行っている。「16歳以前にペットとの死別を経験している人ほど、他者を見下さない」というのだ。「子どもの頃のペットとの死別は、多くの場合、家族と一緒に経験します。つまり死別や悲しみを他者と共有する経験が、自己受容につながり、他者軽視の抑制に寄与しているのではないか」と考察している。
さらに老年期には、自尊感情の二つの側面の中でも特に自己受容の側面が重要になるという。「加齢に伴って、できなくなることが増える中で、それを嘆くのではなく、『できなくてもいい』、『これまでよくやってきた』と自己受容する、すなわち『健全にあきらめる』ことが、老年期の真の適応だと考えています」と箕浦講師。今後もさらに研究を進め、一生涯を通じた自尊感情の発達と自己の適応を縦断的に捉え、その全容を明らかにしていく。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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『自尊感情革命 なぜ、学校や社会は「自尊感情」がそんなに好きなのか?』山崎 勝之/福村出版
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『自尊感情の心理学: 理解を深める「取扱説明書」』中間 玲子 編著/金子書房
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『乳幼児期から育む自尊感情─生きる力、乗りこえる力』近藤 卓/エイデル研究所
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『誰も気づかなかった子育て心理学 基本的自尊感情を育む』近藤 卓/金子書房
教員著作紹介
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『非認知能力 概念・測定と教育の可能性』北大路書房(分担執筆)
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『心理学 A to B 改訂版』培風館(分担執筆)
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『心の治療における感情: 科学から臨床実践へ』北大路書房(分担翻訳)
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『なるほど! 心理学調査法(シリーズ心理学ベーシック第3巻)』北大路書房(分担執筆)
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『心理学実験ノート 第6版』二弊社(分担執筆)
表彰
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日本心理学会 優秀発表賞2019年9月
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日本感情心理学会 大会発表賞(独創研究賞)2018年11月
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日本感情心理学会 精励発表賞2017年8月
箕浦 有希久/ 佛教大学 教育学部講師
MINOURA Yukihisa
[職歴]
- 2014年4月~2017年10月 関西学院大学大学院文学研究科総合心理科学専攻心理科学領域 研究員
- 2016年10月~2018年9月 京都大学こころの未来研究センター 研究員(兼任)
- 2017年11月~2020年3月 同志社大学研究開発推進機構赤ちゃん学研究センター 助教
- 2017年12月~2020年3月 国立研究開発法人 理化学研究所 客員研究員(兼任)
- 2020年4月~現在に至る 佛教大学・教育学部・講師
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