#仏教#歴史#日本#文学
日本中世の歴史書から、
当時の人々の歴史認識を探る。
三好 俊徳佛教大学 仏教学部准教授
Introduction
日本中世の歴史書『扶桑略記』や、寺院の蔵書を研究する三好俊徳准教授。歴史書を文学作品として読み解くことで、当時の人々の思考や歴史認識を詳らかにしようとしている。
歴史書を文学作品として捉えて読み解く
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「歴史は勝者が書く」という言葉があるように、歴史書は、無数に起こった出来事の中から著者や編者が選び取ったことだけが、著者・編者の視点で書かれている。そこには書かれていない事実もあれば、実際には起こっていないことが記される場合もある。
「歴史書に書かれていることから、当時の人々がどのように歴史を捉えていたのか、何を考えていたのかが見えてくる。それが面白いところです」。そう語る三好 俊徳准教授は、歴史書を文学作品のように捉えることによって、当時の人々の歴史認識を読み解こうとしている。その一つとして焦点を当てているのが、『扶桑略記』だ。
『扶桑略記』は、平安時代後期に書かれた歴史書で、神武天皇から堀河天皇に至るまでの歴代天皇の系譜に沿って日本の歴史が書かれている。「僧伝や縁起といった仏教関係の記事を多く抄録しており、古代日本の仏教史を知る上でも重要な書物といえます。引用記事には、今はもう現存していない出典が記されていることもあり、その点でも貴重な資料とみなされています」
三好准教授によると、『扶桑略記』は、後の世でも参考資料として重用されながら、謎の多い歴史書だという。「詳しい成立年も不明で、誰がどこで書いたものなのかについても諸説あり、明確にはなっていません。元は三十巻あったと伝えられていますが、現存するのは約半数の十六巻のみで、全体像も判然としない。いまだ検討すべきところがたくさんあって、長年研究してきました」と語る。
作者についても研究者によって議論が分かれるが、三好准教授は、滋賀県にある天台寺門宗総本山園城寺、通称三井寺周辺で作られたという説をとる。「天台宗総本山比叡山延暦寺と三井寺は、同じ天台宗でありながら平安時代中期から対立関係にあり、長年にわたって抗争を続けていました。『扶桑略記』にも、そうした対立や武力衝突に関する記事がいくつもあります。それらを分析すると、三井寺の立場に沿った記述が多く見られることから、三井寺に近い人物が書いたのではないかと考えています」と考察する。
『扶桑略記』と『仏法伝来次第』
分かれた宗派論争の顛末
後の多くの書物に引用されていることも、『扶桑略記』の興味深いところだという。奈良の興福寺で作成されたと伝わる『仏法伝来次第』という歴史書は、日本の歴史部分はほとんど『扶桑略記』の引用・抄出で成り立っている。「面白いことに、『扶桑略記』と『仏法伝来次第』を比較分析すると、いくつか違う記述があることがわかりました」と三好准教授。その一つが、「応和の宗論」に関する記述だと指摘する。
「応和の宗論」とは、平安時代中期、天台宗と法相宗の僧が、天皇の御前で行った論戦である。『扶桑略記』には、互いが自らの宗派の正当性ついて論じ合った末、最終的に天台宗が勝ったと書かれている。「ところが『扶桑略記』を引用しているはずの『仏法伝来次第』には、法相宗が勝ったと記されているのです。天台宗と法相宗は長く対立しており、「応和の宗論」は両宗派が天皇の御前でいわば雌雄を決する、極めて重要な法会でした。歴史書に必ず記さなければならない重要な出来事だけに、互いに自らの勝ちを譲ることはできなかった。そのため法相宗興福寺で作られた『仏法伝来次第』では、ここだけ別の本をもとに記述したのだろうと考えられます」と三好准教授は分析する。
仏教において各宗派がどのように位置づけられていたのか、その序列を知る手がかりとして三好准教授は、キリシタン文学にも着目している。「日本にキリスト教文化が伝来した16世紀以降、宣教師たちは、仏教を論難し、キリスト教を普及する目的で、日本における仏教の各宗派の整理を行いました。それらが記されたキリシタン作品から、仏教の各宗派を捉え直すことにも取り組んでいます」
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大須観音の蔵書をアーカイブ
多様な書物から歴史観の違いを
浮き彫りにする
もう一つの研究テーマとして三好准教授は、名古屋市にある大須観音に収蔵されている蔵書(大須文庫)の調査グループにも参加している。大須観音は、正式には北野山真福寺寶生院といい、真言宗智山派別格本山として知られる。国宝に指定されている、『古事記』の写本をはじめ、一万五千巻に及ぶ蔵書を収蔵している。三好准教授らは、長年にわたりそれらのアーカイブに取り組んできた。
「大須観音にも、『扶桑略記』の写本が二帖収蔵されています。その分析にも関心を持っています」と言う。「写本によっては、ルビなどが書き入れられたり、原典から文章が削り取られたり、追記されたりしているところもあります。そうしたところも、当時の僧侶がどのようにこれらの書物を読み、何を学ぼうとしていたのかを読み解く手がかりになります」
また大須観音には、奈良県の東大寺から移されたと推察される蔵書が数多いことがわかっている。
平安時代後期に東大寺で作成された『七大寺年表』も大須観音の蔵書であるが、『仏法伝来次第』と同様『扶桑略記』の影響を大きく受けた資料だという。「『扶桑略記』だけでなく、こうした同書に関わるさまざまな書物を照らし合わせ、歴史観の違いを詳らかにしたい」と三好准教授。中世日本の各寺院や宗派においてどのような歴史叙述がなされてきたのか、それぞれの物語を解き明かそうとしている。
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