#ケア#家族#子ども#障害
医療的ケア児とその家族が
安全・安心に通学できる社会を目指して
長谷川 由香佛教大学 保健医療技術学部准教授
Introduction
医療ニーズの高い子どもたちの教育環境を保障するための法制化が進み、普通学校や特別支援学校で学ぶ医療的ケア児が増加している。長谷川由香准教授は、特別支援学校に通学する医療的ケア児の教育を受ける権利を守るために、医療的ケア児をめぐる協働システムが円滑に機能することを目指した研究を進めている。
医療ニーズの高い
子どもたちの教育を
保障する法制化の推進

周産期医療の発達によって、以前は生存の難しかった新生児の命を救えるようになったことから、地域で生活する障がい児は年々増加している。
「人工呼吸器や吸引・経管栄養などの医療的ケアを日常的に必要とする子どもたちは、かつては学校に通うのは困難とされ、在宅での学習を余儀なくされてきました。それがここ20年で大きく変わりつつあります」と語るのが長谷川由香准教授だ。
「医療ニーズの高い子どもたちの教育環境を保障しようという動きが活発になるのは1980年代以降です。医療的ケアに関する法制化が徐々に進み、特別支援学校への看護師の配置が予算案に組み込まれるなど、医療的ケア児を受け入れる体制の整備に注力されるようになってきました」と言う。その結果、2023年度に特別支援学校に在籍する医療的ケア児は8,565 人で、2006年度の5,901人から比べても約1.45倍に増加している。
特別支援学校における
医療的ケア児をめぐる協働システム
特別支援学校に在籍する医療的ケア児の実態調査や法制化が進展するなかで、いまだ多くの課題も残っている。2015年、特別支援学校における医療的ケア児の受け入れに関して先進県と言われていた自治体で、特別支援学校の看護師が一斉辞職するという事態が発生した。これにより医療的ケアが必要な児童・生徒が一時登校できなくなり、学習の機会を失う事態に陥った。「その報道を目にして、今、特別支援学校で何が起こっているのだろう。なぜ、そんなことになってしまったのだろう、と衝撃を受け、特別支援学校に通学する医療的ケア児に関する研究に取り組むことにしました。」特別支援学校では、看護師や教員、養護教諭などの間で価値観の違いや役割に対する認識のずれがあり、それが協働を円滑に機能させることを難しくしていることが先行研究でも報告されている。看護師は児童の安全を最優先する、教員は多少のリスクがあっても児童に学びや体験のチャンスを与えたいと思う。こうした職種間の認識の違いから軋轢が生じる。協働をめぐる課題として、専門性や役割に対する相互理解、情報共有などが挙げられている。このように、協働は医療的ケア児に直接関係する看護師と教員や養護教諭を中心とした限られた人と人との関係性のなかで語られていることが多い。しかし、長谷川准教授が課題視するのは、「医療的ケア児を中心とした協働がシステムとして機能していないこと」だと語る。「特別支援学校は一つの組織体系を形成しています。特別支援学校における協働をシステムとして捉え、看護師と教員や養護教諭を中心とした限られた人間関係だけではなく、他の重要な関係者の存在や、人間関係以外の要因が協働に影響を与えていると考えています。」
では、医療的ケア児めぐる協働をシステムとして捉えるということは、どういうことだろうか。長谷川准教授は、特別支援学校での勤務経験のある看護師11名を対象に、インタビュー調査を実施した。その語りから得られたデータを詳細に分析・図式化。新たな協働システムの枠組み(図)を提示した。分析から得られた<看護師から見た協働メンバー>、<看護師の業務>、<看護技術>、<情報共有>、<職場の環境>の5つのカテゴリー間の相互連関に着目、【人間関係システム】とその【背景システム】という2つのサブシステムが、さらに相互連関している協働システムの枠組みを見出した。

多様化・高度化する医療的ケア児の
受け入れを可能にするには
どうすればいいのか?
インタビュー調査後、長谷川准教授は、さらに全国の特別支援学校の看護師を対象にアンケート調査を実施し、医療的ケアをめぐる看護師の現状と課題を探っている。期間は2021年6月~8月、全国の特別支援学校967校のうち、医療的ケア児が在籍していないと返答した10施設を除く957校に質問紙を郵送し、215施設、511人の看護師から回答を得た。
「結果を分析して明らかになったのは、特別支援学校での医療的ケアが、想像以上に多様化・高度化している実態でした」と長谷川准教授。たんの吸引や経管栄養(胃ろう・腸ろう)だけでなく、排たん補助装置の使用、在宅酸素療法、パルスオキシメーター、人工呼吸器の管理、腹膜透析の管理、中心静脈栄養や人工肛門の管理、血糖測定、インスリン注射、膀胱洗浄や褥瘡ケア、義眼の取り外しなど、学校で行われている医療的ケアは実に多岐にわたっていた。「特別支援学校で働く看護師は、臨床経験が豊富な方が多いですが、それでもすべての看護技術の経験があるわけではありません。本調査でも、看護師の多くが、『経験したことのない技術がある』と回答とされ、特に人工呼吸器の管理については、経験したことがあっても、『自信がない』と回答した看護師が半数以上にのぼりました。加えて、重症心身障がい児は、病態や障がい・発達等による個別性が高く、同じ医療的ケアでも、一人ひとり違った対応が求められます。そうした現状に日々直面しながらも、特別支援学校に勤める看護師のほとんどが、医師に相談したり、情報共有したりできる環境にないことも見えてきました」。

国の施策で、特別支援学校に医療的ケアに詳しく、看護師を指導したり相談に乗ったりできる医療的ケア指導医の配置が進められているが、いまだ十分活用されていないという。
理想は、家族や保護者の付き添いがなくても医療的ケア児が学校で学べる就学体制をつくること。どうすればそれが可能になるかを模索するべく、長谷川准教授は新たな研究に着手している。「保護者の付き添いなしに人工呼吸器を装着した医療的ケア児が学んでいる特別支援学校への調査を計画しています。医療的ケア児の授業や学校生活への非参与観察により、そのヒントを探るつもりです」と言う。
「医療的ケアが必要な児童であっても、学校に通って学ぶことは、当然の権利であり、すばらしいチャンスです。それを実現する教育体制をどうしたら構築できるか、これからも考えていきたい」。医療的ケア児の教育を受ける権利の保障に向けた、長谷川准教授の今後の研究に期待がかかる。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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『医療的ケアって大変なことなの?』下川和洋編著/ぶどう社
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『透明人間 Invisible Mom
(写真集)』山本美里/自費出版
教員著作紹介
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『小児看護学Ⅰ』医歯薬出版株式会社
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『小児看護学Ⅱ』医歯薬出版株式会社
長谷川 由香/ 佛教大学 保健医療技術学部准教授
HASEGAWA Yuka