#歴史#貧困#ケア#家族
歴史的視点から
高齢者福祉政策のこれからを思考する。
坂本 勉佛教大学 社会福祉学部教授
Introduction
少子高齢化の中で、高齢者福祉をめぐるさまざまな問題が議論されている。坂本 勉教授は、歴史的視点から明治期以降の福祉政策をひも解き、その原点に解決の糸口を見出そうとしている。
国による社会福祉政策の
出発点は明治時代

少子高齢化の進展に伴って社会保障にかかる費用が増大し、年金給付金額の引き下げや医療費の自己負担増加などが議論されるようになっている。難しい問題が山積する現代、どのように高齢者福祉政策を考えていけばいいのか。
「今一度歴史を翻り、そこから学んでいく必要があります」と説くのが、坂本 勉教授だ。坂本教授は著書の中で、歴史貫通的な視点を手掛かりに「福祉の本質」を問いかけようとしている。
江戸時代の幕藩体制が終わり、国家規模で福祉政策がとられるようになったのは、明治時代からだという。坂本教授は、歴史的視点から福祉の三つの側面が論じられてきたと説明する。一つは、相互扶助を基礎とする救済で、地縁を中心とした村落共同体が主体となった。共同体の中では、住民同士が互いに助け合って生活している。困った時には、皆が手を貸す。それが福祉的な機能を担っていた側面もあったという。
二つ目には、相互扶助や公的な救済から排除された方への対応として、民間慈善活動家などによる保護活動である。これらの活動が活発になるのが明治期であった。「こうした民間による救済活動は、仏教やキリスト教などの宗教的な動機付けを持った方から出発したものが多く、宗教的救済とも捉えられます。しかし当時の窮民救助施設は、信者の寄付や篤志家などからの協力によって賄われており、その経済基盤は極めて脆弱で、その運営も細々としたものにならざるを得ませんでした」
三つ目に、政治的救済だ。「我が国初の国家規模での救貧法が、『恤救規則(じゅっきゅうきそく)』です。その他大正末期から昭和初期に制定した『救護法』も存在します。しかし、制限的救済法制であったり、その権利性といった面では課題が多くあったと考えられます。」
全世代的な社会保障の
再構築が必要
第二次世界大戦後は、日本国憲法に「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められた通り、国民の生存権は、国家財政の下で行われるべきだという共通理解が浸透していく。「これにより行政主体の社会福祉制度が、現代まで拡大してきました」と坂本教授。しかし、「高齢化とともに少子化の現代では、さまざまな知恵を動員し誰もが安心して生活ができる、全世代的社会保障・社会福祉のあり方を模索しなければならない。」という。
「社会福祉は全世代にかかわる問題であるという認識の下、国や地方自治体、地域コミュニティが主体的にその解決に取り組んでいく土壌をつくることが重要だと考えています」
さまざまな世代の権利を擁護する
また坂本教授は、高齢者福祉を巡る現代的な課題の一つとして、「高齢者の権利擁護」も研究テーマとして探求してきた。
坂本教授によると、高齢期になるに従い、心身機能の低下や認知機能に課題を有する方が増えてくるが、人生の終末期に、安心して過ごしていくためにも本人の意思を尊重したかかわりが重視されなければならないという。「特に、本人の望まない対応や、ましてやその方のさまざまな権利が侵害される社会であってはならないと考えます。特に、残された人生を安心してすごすために蓄えた財産が第三者に侵害されたり、不当に搾取されることによって予期せぬ生活を強いられることがあってはならないといえます。経済的自立ができなくなることにより、他の心身に及ぶ高齢者虐待の被害につながることもあります。」しかしこうした問題に対する実証研究はほとんど行われていない。坂本教授は、いくつかの実態調査を試みたが、「非常に難しく、研究途上で何度も挫折しそうになった」と打ち明けている。
高齢者の経済的虐待を防ぐセーフティネットとして、さまざまな対策も講じられている。「成年後見制度」や「地域福祉権利擁護事業(福祉サービス利用援助事業)」も、それにあたる。2000年4月より、介護保険制度の導入と同時に、民法の一部改正による「成年後見制度」が創設され、社会福祉事業として「地域福祉権利擁護事業」が開始された。「しかし成年後見制度の利用にあたっては、費用の問題や親族以外の後見人の割合が少ないことなど、社会的権利擁護システムとして改善すべき課題はいまだ数多くあります」と坂本教授。また「地域福祉権利擁護事業」は、判断能力が不十分な高齢者や障がい者などの自立を支援するため、福祉サービス利用の援助や日常的な金銭管理サービスを行うものだが「こちらも事業の推進性には、多くの課題がある」と言う。
高齢者の経済的虐待を防止する手だてを探るため、坂本教授は、アメリカとカナダでの先駆的事例研究を行っている。「アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコのNPO法人では、地元の金融機関と連携し、高齢者のエンパワーメントを目指した取り組みが行われていました。また、全米にAdult Protect Services(APS)機関が設置されており、成人への権利擁護機関として活動を展開していました。」
一方、カナダ・ブリティッシュコロンビア州では、高齢者の権利擁護活動を展開するNPO法人が、高齢者の経済的虐待や代理権委任状法(Power of attorney act)を使用した際の対応事例などを調査した。坂本教授は、同法人から提供された啓発教材を日本語に翻訳・出版し、日本で専門家への啓発活動に役立てたいと考えている。
「高齢者福祉をめぐる問題の解決は、まだ道半ば。研究でも実践レベルでも、取り組み続けていかなければならない」と坂本教授。「誰もが自らの意思を大切にした、納得できるエンディングを迎えられる社会になることを強く望んでいます」と結んだ。

BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
教員著作紹介
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『高齢者福祉政策論』ミネルヴァ書房
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『高齢者の経済的虐待の予防-自己責任時代の権利擁護-』学事出版
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『高齢期におけるリスク管理とその対応策-高齢者への虐待予防に向けて-』ブックウェイ
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『社会福祉士国家試験過去問2015解説集』中央法規出版
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『ソーシャルワークの理論と方法II』(株)みらい
坂本 勉/ 佛教大学 社会福祉学部教授
SAKAMOTO Tsutomu
[職歴]
- 1994年4月~1999年3月 学校法人神戸滋慶学園神戸医療福祉専門学校
- 2000年4月~2005年3月 佛教大学福祉教育開発センター 講師
- 2005年4月~2009年3月 社会福祉学部 社会福祉学科 講師
- 2009年4月~2024年3月 社会福祉学部 社会福祉学科 准教授
- 2024年4月1日~現在に至る 社会福祉学部 社会福祉学科 教授
[所属]
- 京都社会福祉士会