#健康#地図#京都#環境
京都の豊かな名所・旧跡を
リハビリテーションに役立てる。
赤松 智子佛教大学 保健医療技術学部教授
Introduction
豊かな自然や名所・旧跡への訪問を心身の健康の回復やリハビリに活用する「ウェルネスツーリズム」を実践・研究する赤松智子教授。実証研究に加え、その効果を広く社会に生かす新たな取り組みに挑戦している。
名所・旧跡をリハビリに活用する
ウェルネスツーリズムを実践
日常を離れて知らない場所を訪れ、非日常的な体験を通して、身も心もリフレッシュできることがある。近年、それをヘルスケアや医療に生かそうという取り組みが見られるようになってきた。
「自然豊かな地域や観光地を訪れて、健康回復・増進や気分転換を図り、心身を良好な状態にすることを目指す『ヘルスツーリズム』はその一つです」。そう説明した赤松智子教授は、作業療法士として臨床現場でリハビリテーションに関わってきた経験を踏まえ、特に神経筋疾患のQOLを維持・向上する新たなリハビリテーションについて研究・実践している。その中で、病気のために健常者と同じような健康回復や増進の望めない人にも適用できる取り組みとして、新たに「ウェルネスツーリズム」を提唱。パーキンソン病のリハビリの一環として京都の名所・旧跡を訪問する「ウェルネスツーリズム」を企画・実践し、その効果を検証している。
パーキンソン病は、手足の震えやこわばり、転びやすくなり、抑うつや意欲低下、自律神経機能障害など多様な症状を伴う難病だ。そのため進行すると外出を控え、社会参加の機会が減っていく人も少なくない。「治療では薬物療法が中心となり、リハビリは運動療法が行われる場合が多く、心のケアやQOLの維持・向上のための介入が少ないのが現状です。また、パーキンソン病の人に『ウェルネスツーリズム』を導入した報告も少ないです」。
名所・旧跡訪問はリハビリ効果だけでなく
日常生活の行動変容にもつながった
まず赤松教授は、「名所・旧跡訪問、観光」を「生活圏内から離れた特定の場所に滞在し、非日常的な体験(触れあい、学び、遊ぶといった)をした後に、居住地に戻る行為」と定義づけ、パーキンソン病の人が訪問を希望する名所・旧跡地で過ごすリハビリテーションプログラムを作成した。名所・旧跡地には、京都市内の自然豊かな環境や寺社仏閣、新たな観光資源が選ばれていた。
個々のパーキンソン病の人を対象にプログラムを実践し、その前後の病気由来のストレスやQOLを検証した結果、総じて良好な状態に改善されたことが分かった。参加者のほとんどが「気晴らしになった」「楽しかった」「また行きたい」と感想を述べただけでなく、1日当たりの平均歩行は約2倍、平均活動量は約1.4倍に増え、リハビリとしても有効だったといえる。
注目に値するのは、実施前後の参加者の行動の変化である。「名所・旧跡の訪問日が決まると、当日に備えて毎日散歩に出かけ、リハビリや服薬にも熱心に取り組むなど、日常生活に変化が見られました」と赤松教授。さらに3ヵ月後の聞き取り調査でも、「外出頻度や家族との交流が増えた」「新たに北海道旅行を計画し、それに備えて毎日歩いている」など、前向きな行動が見られたという。「車いす生活で外出もままならなかった方が、20年ぶりに新幹線に乗り、故郷で墓参りを果たしたというお話も聞きました」。この結果から、「ウェルネスツーリズム」がパーキンソン病の人の病気由来のストレスを軽減し、QOLの維持・向上に効果があるだけでなく、本人が健康や生活を見直し、行動を変容することにもつながることを明らかにした赤松教授。「『ウェルネスツーリズム』はパーキンソン病の人はもちろん、患者を支える家族、さらには訪問先の名所・旧跡を含む社会においてもエンパワメントな取り組みといえます」と結論づけた。
誰もが自分に合った名所・旧跡訪問、
観光を楽しめる施設マップを作成
現在赤松教授は、「ウェルネスツーリズム」の効果を社会に広げる画期的な試みを始めている。「名所・旧跡、観光地訪問をリハビリに活用するためには、訪問する人の体調や状態に対応できる環境があるかを事前に知る必要があります。私たちはこれまでの研究活動で京都各地の名所・旧跡を訪れ、その受け入れ状況についての情報を蓄積してきました。そうした知見を生かし、京都市内の名所ごとに、ウェルネスツーリズムに活用できる施設マップを作成しようとしています」と語る。
従来の施設内地図との大きな違いは、新マップには施設での過ごし方について判断できるような情報が子細に記されていることだ。砂利道、坂道、階段など道の状態はもちろん、その距離や階段が、ひと目でわかるピクトグラムで描かれている。また砂利の粒の粗さ、坂道の傾斜角度やスロープの有無、階段の段差の高さまで測定し、専門家の視点で難度も色分けされている。
「ウェルネスツーリズム」の観点から、ユニバーサル仕様のトイレや休憩場所、加えて名所・旧跡、観光の見どころが記載されているのも他にはない点だ。「車いすの人はこのルートで、また元気に歩ける人はこちらの道で、あるいは『全部は見られなくても本堂までは行こう』など、それぞれが体調や目的に合わせて名所・旧跡訪問を楽しめるものになれば」と赤松教授。疾病を患う人だけではなく、気分転換したい人、子どもや高齢者、外国人と、誰もが自分に合った楽しみ方を見つけられる。赤松教授のマップ作りは、ユニバーサル社会の実現にもつながっていく。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
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「街を歩く神経心理学」高橋 伸佳
医学書院 -
「脳とアート 感覚と表現の脳科学」岩田 誠
医学書院 -
「本当の自分に出会う旅」鎌田 實
集英社文庫 -
「ウェルネスツーリズム サードプレイスへの旅」荒川 雅志 、 日本スパ振興協会
フレグランスジャーナル社 -
「ユニバーサルデザインの教科書」中川 聰(著)、日経デザイン(編)
日経BP -
「増補版人間工学とユニバーサルデザイン新潮流: 実践ヒューマンセンタードデザインのものづくりマニュアル」ユニバーサルデザイン研究会(編)
日本工業出版 -
「ウォーキング指導者必携 Medical Walking]」宮下 充正
南江堂
赤松 智子/ 佛教大学 保健医療技術学部教授
AKAMATSU Tomoko
[職歴]
- 1985年4月~1996年3月 国立病院機構宇多野病院作業療法士
- 1996年4月~2006年3月 京都大学医学部人間健康科学科講師
- 2006年4月~現在に至る 佛教大学保健医療技術学部教授