#障害#ケア#家族#貧困#ジェンダー#地域
障害者の母親として、女性として、
社会人として生きる現実を追う。
田中 智子佛教大学 社会福祉学部准教授
Introduction
現代社会では、障害者の親は経済的にも時間的にも特別な負担を背負って生きている。田中智子准教授は、障害者のいる家族に生じる生活や経済の問題を研究し、社会の中で解決するすべを探っている。
家族の中で見えづらくなる障害者の貧困
人は、労働者として、親として、配偶者として、仲間として、市民として・・・と多様な属性で生きる権利を持っているはずだ。しかし現実には「障害のある子どもの生活は親の責任」という考えを前提にした社会の中で、障害のある子どもを持つ親たちが生活や人生に制約を強いられることがある。田中智子准教授は、障害者やその家族、とりわけ母親に焦点を当てた研究を通じて、そうした社会の在り方に疑問を投げかけている。
関心の一つが、障害者をケアする家族、とりわけ母親の貧困の問題だ。田中准教授は知的障害者のいる家族の家計調査を実施し、その実態把握を試みている。「家族の収支を分析してまず明らかになったのは、障害者の貧困が家族に包摂され、見えにくくなっていることでした」と田中准教授。調査結果によると、障害者の収支は障害基礎年金などの社会保障を得ても毎月数万円単位で赤字となり、その累積額は、家族と同居している場合、20年間で約1000万円にものぼる。それらは家族によって補填されているため社会からは見えにくいが、障害者の暮らしは家族のケア力と経済力にかかっているといっていい。
「さらに問題は、家計を担う家族が高齢期に入ると所得が減るにもかかわらず、障害者の支出は減らないことです。障害者のケアにかかる費用を削ることはできないため、本人より先にまず家族の生活が縮小していきます」と田中准教授。分析によって、障害者の親が高齢期を迎える頃から家族が貧困に陥り、いずれは障害者本人にもその影響が及んでいく構図が明らかになった。障害基礎年金の支給水準は長い間変わっておらず、果たして現在の社会保障が十分といえるか疑問を呈する結果といえる。
障害を持つ子のケアを託せない
高齢期を迎えた母親の葛藤
また田中准教授は、高齢期を迎えた家族にとって貧困の問題とともに課題となるのが、「親亡き後」の問題だと指摘する。日本社会では、障害を持つ子どものいる家族の親離れ、子離れが容易ではないためだ。
「いまだ性別役割規範が根強い日本の社会では、障害者のケア責任を主として担うのは、ほとんどの場合母親です。高齢者といわれる65歳を超えてもなお子どものケアを一手に引き受けている母親たちにとって、『親亡き後』問題とは、それまで自分がしてきたケアが誰に引き継がれるのか見通せないことに対する不安に尽きます」と田中准教授。障害者の長寿化が実現した現在、親自身に高齢期の生き方のロールモデルがないことが、不安をさらに増幅させているという。
田中准教授は、障害のある子どもを持つ高齢期の親の方々に協力を仰ぎ、インタビュー調査を実施。「この子より一日でも長く生きていたい」という母親の切実な言葉をはじめ、さまざまな不安や葛藤の声を拾い上げる中で、その対策の難しさを浮き彫りにしている。「障害者の入所施設が圧倒的に不足しているなど社会資源が乏しい中、『母親に代わるキーパーソン』がいないため、いくつになっても『障害者の親』という役割を降りられない。そのために体力や認知力が衰えても、親自身への社会的支援の介入が遅れるケースがあるなど、さまざまな問題が顕在化しています」。
ここには、親が亡くなる以前に親自身にケアが必要になるという問題も浮上する。「現行の制度の中では親が高齢者施設に入所した場合、障害者施設にいる子どもに会いに行く機会は、保障されていません。そのため障害者施設の職員の方がボランタリーな取り組みとしてそうした親子の交流を支えている場合が少なくありません」と田中准教授。こうした課題の解決を当事者やの関係者に委ねるのではなく、社会の中で障害者とその家族の両方のノーマライゼーションを追求していく必要性を強調する。
子育てを担うことが生み出す家庭内不平等の構図
障害者と家族におけるケアを研究する中で、田中准教授はさらに子育てを担う母親にも照射を広げている。「ケアに関わる問題は、子どもの有無や障害などに関わらず、すべての女性に関わる問題」だと言う。
その一環として、子育て世帯の所得や保育所の利用状況の調査から、子育て世帯の所得格差が子どもたちの保育格差につながっている実態を明らかにしている。田中准教授によると、世帯所得により、利用する保育施設が異なっていること、その背景に親の就労状況や保育施設の課す実費負担があることを明らかにしている。すなわち、子どもの育つ環境が家族の経済力や選択力などに左右されるという問題があることを指摘する。また「女性の場合、子育てを担うことが家庭内での経済的な依存度を高め、家族間の不平等を生む構図がつくられているのも見て取れます」と指摘する。
(家族を作らないという選択も含めて)全ての人に等しく生きる権利を保障するためには、当事者に自助努力を求めるだけでなく、社会的な制度や支援の充実が欠かせない。社会の在り方を変えていくために、田中准教授は研究知見を社会に発信、提言していくことに加えて、当事者をエンパワメントすることの重要性を説く。「調査や研究に理解を示し、自分自身や家族についてお話を聞かせてくださった方々に研究で得た知見をお返しすることで、ご自身に生じる問題が他人への問題ではなく社会の問題であると気づき、行動を起こしていく。それが社会を変える何より大きな力になると考えています」。
BOOK/DVD
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2020年3月31日刊行 -
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「「子どもの貧困」を問いなおす:家族・ジェンダーの視点から」分担/法律文化社
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『隠れ保育料を考える 子育て社会化と保育の無償化のために』編著/クリエイツかもがわ
田中 智子 / 佛教大学 社会福祉学部准教授
TANAKA Tomoko
[職歴]
- 平成17年4月~平成20年3月 大阪健康福祉短期大学介護福祉学科専任講師
- 平成20年4月~平成25年3月 佛教大学社会福祉学部講師
- 平成25年4月~現在に至る 佛教大学社会福祉学部准教授
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