#国際#歴史#貧困
朝鮮王朝時代の「倉制度」から
読み解く現代の救貧政策。
朴 光駿佛教大学 社会福祉学部教授
Introduction
韓国・中国・日本の福祉政策を研究する朴 光駿教授。朝鮮王朝、中国、江戸日本で発達した「倉制度」と呼ばれる救貧制度を比較分析し、現代の貧困観や社会政策に与えた影響を指摘する。
朝鮮王朝、中国、江戸日本の「倉制度」を比較研究
14世紀末から20世紀初頭まで続いた朝鮮王朝時代、「倉制度」と呼ばれる防貧・救貧制度があった。「穀物を貯蔵し、飢饉などの非常時に救済するシステムは、世界の多くの文明に見られます。東アジアにおいては、古代中国に起源をもつ『倉』という穀物倉庫制度がそれにあたります。これが朝鮮王朝や日本など周辺国に伝播し、各々の国で独自の『倉制度』が発達しました」。朴教授は、韓国・中国・日本の貧困政策に着目し、その歴史や政治、文化を比較研究している。中でも朝鮮王朝と中国、そして江戸時代の日本の倉制度と貧困政策について詳細に比較した研究は、各国で大きな反響を呼んだ。
「『自分の文化しかわからない者は自分の文化がわかっていないはずである』という人類学者・リントンの言葉にあるように、自国の政策を検討するだけでは、課題や弱点は見えてきません」。比較研究の意義は、「『実施されなかった政策』を浮き彫りにすることにある」と指摘する。とはいえ韓国・中国・日本の三か国を東アジアという文脈に位置付けて比較した研究は極めて少ない。各国の一次資料を集積し、読解できる朴教授にしか成しえない研究であり、現代日本の社会・福祉政策を考える上でも貴重な資料になっている。
韓半島における代表的な倉制度は「還穀制度」と呼ばれる。農民に種子と穀物を貸出し、秋の収穫後に若干の利子をつけて返納させるもので、農業の再生産支援や飢餓が起きた時の貧困救済の役割を果たしていた。一方元祖である中国では、直接的な貧困救済の他、穀物の貸出し、穀物価格の調節といった機能を担っていたという。
日本でも大化の改新(645年)以前に倉制度が始まったとの記録が残されている。その目的は、中国と同様穀物価格を調整しながら、貸出しで発生する利子を使って貧民を救済することだった。「常平倉が導入されたのが、淳仁天皇の治世。『大宝律令』(701年)には少数の富裕層の拠出で賄われた『義倉』についての記載があります。さらに江戸時代には、地域民が穀物を出し合って自治的に運営する『社倉』が導入されました」。
思想、経済状況によって異なる「倉制度」が発達した
三国の歴史に登場する「倉制度」は、名称は同じでもその性格は大きく異なると朴教授は指摘する。朝鮮王朝、中国、江戸日本それぞれの「倉制度」を、統治理念・社会的価値観が儒教的かまたは法家的か、また市場経済・貨幣経済の度合いが高いか低いかの二軸で比較し、それぞれの特性を明らかにした。
それによると、まず朝鮮王朝では貨幣経済が限定的にしか浸透しておらず、市場原理に依拠した間接的な救貧政策は発達しなかった。代わりに実施されたのが、儒教を統治理念とした救済中心の救貧政策である。「朝鮮朱子学においては、すべての百姓を『あまねく食べさせる』ことが統治理念とされ、朝鮮王朝は、百姓を餓死から守ることが儒教の仁政であるとしました」と朴教授。その実行役を担ったのは、中央から派遣された地方官だった。その責務は極めて重く、国の基本法にも救貧の責任は地方官にあることが明記され、直轄地域で餓死者が発生した場合、地方官が全責任を負わされたことはもちろん、餓死者が出たことを報告しなかっただけで、結杖刑に処せられたとの記録が残る。「その結果、救貧事業は『餓死者を発生させないこと』に集中し、本来の目的である貧困を防ぐための方策が講じられる余地はほとんどありませんでした」。これが結局、救貧機能の破綻を招き、500年続いた王朝の崩壊につながっていったという。
こうした朝鮮王朝の政策の対極にあったのが、江戸時代の日本だった。市場経済が進んで契約的な社会文化が普及。儒教思想の影響は弱くなり、救済政策においても法家的な手だてが優先された。「法家思想における貧困観は非常に厳しく、国家による直接的な貧民救済を拡大すれば、人民の国家に対する依存心が強くなり、国家の衰退をもたらすと考えられました」と朴教授は説明する。そうした法家的な社会体制の中、農村では農民の自立を目指す勤勉革命が起きる。「貧困の責任は基本的に個人・家族にあるとされ、江戸幕府による救済はほとんどありませんでした。そのため自救策として『五人組』など地域の共同体単位で『社倉』を作り、相互扶助による救貧体制を構築したのです」。
また倉制度の元祖である中国においても、儒教より法家の思想が根底にあり、それが倉制度の創設や活性化に積極的に関わったと朴教授は分析している。
歴史的な視点で社会政策を分析することで
現代の課題を浮き彫りにする
「こうした倉(還穀)制度が、社会の貧困観や民衆の貧困に対する態度、ひいては社会経済システムに影響を与えたことは言うまでもありません。その影響は過去に留まらず、現代社会にも及んでいます。例えば韓国では、公的扶助制度を受けることに対するスティグマは日本に比べて著しく弱い。一方日本では、生活保護を受ける、すなわち国の世話になることを「恥」と捉える社会文化が残っている。その背景には、江戸時代の日本が取った法家的救貧政策の影響が否定できないのです」という。
「歴史は単なる過去の遺物ではなく、現在まで連続したものであり、過去の社会文化や政策慣行は必ず現代社会に何らかの形で影響を及ぼしています。歴史的な視点から社会政策を分析する理由はそこにあります」と語った朴教授。朝鮮時代における貧困問題を今日の問題として捉えることで、現代社会の抱える課題に鋭い一石を投じている。
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朴 光駿/ 佛教大学 社会福祉学部教授
PARK Kwangjoon
[職歴]
- 1990年3月~2002年2月 (韓国)釜山女子大学社会福祉学部助教授・副教授
- 2002年4月~2003年3月 佛教大学社会福祉学部 助教授
- 2003年4月~現在に至る 佛教大学社会福祉学部 教授
- 2008年4月~2009年3月 中国社会科学院人口労働経済研究所訪問学者
- 2015年4月~2015年9月 (韓国)東国大学客員教授
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