#こころ#ケア#家族

望む医療・ケア・暮らしを自分で決める。
「アドバンス・ケア・プランニング」という考え方。

濱吉 美穂佛教大学 保健医療技術学部准教授

Introduction

生の最終段階の過ごし方について本人の意向を尊重するために「アドバンス・ケア・プランニング」という考え方が注目されている。濱吉 美穂准教授は、日本での普及と効果検証に取り組んでいる。

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最期を迎える人の意志をいかに尊重するか

高齢化と医療技術の進展によって、いまや終末期の在り方は、一昔前と様変わりしている。例えば、人工呼吸器や胃ろう、苦痛を伴う治療といった、生命やQOL(生活の質)を左右する医療を続けるか否か。事前に意志表示していても、終末期になって本人の気持ちが変わったり、家族と意見が異なったりすることは少なくない。ましてや本人が意識不明や認知症になった場合は、その意志を確かめることもできない。

「最期の過ごし方について選択肢が増える中、欧米を中心に注目されるようになってきたのが、『Advance Care Planning(アドバンス・ケア・プランニング 以下、ACP)』という考え方です」と語るのは、濱吉美穂准教授だ。高齢者介護・看護の実践経験を踏まえ、「死を意識した人が、その生が終わる時まで最善の生を生きることができるよう支援するケア」、いわゆる「End of Life Care」について研究してきた。

ACPは、直訳すると“事前に(advance)医療ケア(Care)について計画すること(Planning)”となる。濱吉准教授は「ACPの定義についてはまだ議論の途中」だとした上で、2017年に欧米の研究で示された定義として「ACPとは、本人の将来的な治療やケアの目標と選好(価値観)を明確にした上で、その目標と選好について家族や医療介護従事者らと話し合うプロセスであり、また必要に応じてそれを記録し、常に見返すことができるようにする」ものであると紹介した。

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大切なのは、本人と家族、医療介護従事者が
繰り返し話し合うこと

「そもそもACPは、米国で推進されていた終末期医療における『事前指示書』、すなわち『Advance Directive(アドバンス・ディレクティブ 以下、AD)』の限界点を補完するべく発展してきました。ADとは、終末期医療ケアや、意思決定能力が低下した際の代理意思決定者について事前に記した、いわば自らの最期に関する指示書です。」濱吉准教授は日本でいち早くADの重要性に着目し、一般の人々への啓発や医療介護従事者への教育、その効果の検証に取り組んできた。一般市民を対象にADの啓発教育を実施し、受講者の意識変化を検証した研究では、啓発教育に一定の効果があることを確かめている。2013年には、ADの普及を目的に、わかりやすくデザイン・編集した事前指示書「My Wish for LIFE」を作成した。

My Wish for LIFE

しかし『書面に書き記すだけでは本人の意思決定に対応できない』といった知見が欧米の研究で報告されるなど、次第にADだけでは本人の望む最期のケアを実現することが難しいという認識が広まってきたという。そこでADの課題を克服するべく新たに重要視されたのが、ACPである。

ACPの特長は、本人と家族、医療介護従事者が「対話を繰り返すプロセス」を重視する点にある。「一度自分の意志で決めたことでも、時とともに気持ちが変わることもあります。だから治療・ケアに対する思いを患者、家族、医療介護従事者など多様な関係者が共有し、繰り返し話し合いを続けることが大切なのです」。

市民普及啓発活動 チームACPイベントにて
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医療介護従事者への教育と市民への
啓発を通じてACPの普及を目指す

欧米の後を追うように、近年、日本でもACPは医療現場で意識され、重要なトピックとして取り上げられるようになってきた。2018年に厚生労働省がACPの愛称を「人生会議」とし、普及に力を注ぐようになったことも認知度向上に一役買っている。

「しかしまだ医療介護の現場では『どのようにACPを進めたらいいのかわからない』という声が少なくありません」と濱吉准教授。そこでACP実践者が基礎知識と実践方法を理解するための教育パッケージを開発する他、ACPの実践法を具体的に示した「実践ガイド」を編纂。日本で初めて医療介護の現場に具体的で実行力のある実践ノウハウを提供した。2013年、「終末期ケアの質向上に向けたACP促進プログラムの開発と評価」に取り組んだ研究では、高齢者施設や急性期病院で医療・ケアスタッフ向けにACPの実践教育を行い、教育効果を実証した。また2018年には、地域包括ケアにおける医療職と介護職が共有するACPガイドラインの開発とその効果を検証する研究に着手。医療者と介護者がシームレスにACPを実践する仕組みづくりを始めるなど、日本におけるACP実践を先導している。

さらに「今後ACPを推進するためには、専門職者だけでなく、当事者となり得る一般市民の意識向上が欠かせない」との認識から、市民向けの啓発活動にも力を注ぐ。そこでACPを行うためのツールとして制作したのが、事前指示書に代わる「わたしのいきかた手帳」だ。冊子には、「不確定な未来をイエス・ノーの二択で決めるのは難しい」という声を反映し、「治療や介護で尊重してほしいこと」といった意志表示の項目を5段階のリッカート尺度で表記できるようにするなど独自の工夫を凝らした。

2018年に、ACPの普及を目指し、地域包括ケアを担う医療・ケア関係者と共に「チームACP」を結成。医療・介護の現場と連携してACP啓発活動などを展開している。2019年12月に開催した市民向けACP啓発講座には、280名を超える市民が参加。「人生会議」について考えるとともに、実際に自分の思いをノートに書いてみるなどACPを体験した。効果の評価については分析を待たねばならないが、「参加者からは総じて肯定的なフィードバックを得ました」と手ごたえを実感した濱吉准教授。今後も研究者の立場からACPの効果検証と普及に尽力していく。

わたしのいきかた手帳
2021年5月更新

BOOK/DVD

このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。

  • 『わたしのいきかた手帳』acp-kaigi.jp

  • 『ACP実践ガイド』池永 昌之、濱吉 美穂 編/中央法規出版

  • 『ACP入門 人生会議の始め方ガイド』西川 満則、大城 京子/日経BP

  • 『正解を目指さない!? 意思決定⇔支援 人生最終段階の話し合い』阿部泰之/南江堂

教員著作紹介

  • 『新体系 看護学全書 在宅看護論』共著/メヂカルフレンド社

  • 『強みと弱みからみた在宅看護過程』共著/医学書院

  • 『緩和ケア・がん看護 臨床評価ツール大全』分担執筆/青海社

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  • ケア
  • 家族
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SDGsとの関わり

濱吉 美穂/ 佛教大学 保健医療技術学部准教授

HAMAYOSHI Miho

[職歴]

  • 1994年4月~1999年3月 大阪市立大学医学部付属病院 病棟看護師
  • 2000年4月~2002年3月 宝山寺福祉事業団デイサービスセンター寿楽 非常勤看護職員
  • 2002年4月~2008年3月 松下電工エイジフリーケアマネジメントセンター神戸 ケアマネジメント
  • 2008年4月~2011年3月 兵庫県立大学看護学部 助教
  • 2012年4月~2017年3月 佛教大学保健医療技術学部 講師
  • 2017年4月~現在に至る  佛教大学保健医療技術学部 准教授
教員紹介