#子ども#ことば#文学
学校教育に生きる
ユーモア・笑いの可能性を探る。
青砥 弘幸佛教大学 教育学部准教授
Introduction
人と触れ合いながら心豊かに生きる上で欠かせないユーモアや笑い。青砥弘幸准教授は、学校教育におけるユーモアや笑いの重要性を指摘するとともに、その有効な活用法について研究している。
なぜ落語は、国語科教材として
うまく機能していないのか
ストレスを緩和したり、人間関係を深めたり、あるいはその場の雰囲気を和ませたり、ユーモアや笑いには、私たちの生活を豊かにする力があることは、誰もが認めるところだろう。青砥弘幸准教授は、ユーモアや笑いの持つそうした心理的、社会的効用を学校教育に生かすことに関心を持っている。これまで教室環境や授業方略、教材としてのユーモア、さらには学習者の「ユーモア能力」の育成といった切り口から教育におけるユーモアについて他にはない研究に取り組んできた。
とりわけ最近注目しているのが、国語科教材の一つとしての「落語」だ。青砥准教授によると、平成20(2008)年版の学習指導要領において、「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」が国語科に位置づけられ、これを機に、日本の伝統的な言語文化の一つである落語が国語科授業に取り上げられるようになった。「この流れは現行の学習指導要領にも引き継がれていますが、教材としての落語は、実際のところ教育現場ではあまり有効に活用されているとはいえません。そのため教科書への採択数は、改定を重ねるごとに減少しています」と言う。
なぜ落語は、国語科教材としてうまく機能していないのか。その理由を「落語は本来『見て』『聞いて』楽しむ文化として発達してきました。そのテキストだけを掲載した教科書で、いったい何を教えたらいいのかわからないという戸惑いの声が教育の現場から聞こえています」と説明する。
多様な言語文化の中で落語を取り上げる必然性は本当にあるのか。青砥准教授は、国語科授業における落語の指導のあり方を分析し、国語科教材としての落語の価値や可能性を問い直す興味深い研究を行っている。
「人間の業」を許し、笑い飛ばす。
日本人の「人間観」を落語に学ぶ
学習指導要領では、『伝統的な言語文化』に関する指導として次の二つが挙げられている。一つは、文章を暗唱・音読して言葉の響きやリズムを楽しむことであり、もう一つは、昔の人のものの見方や感じ方を知ることだ。国語科授業では、多くの場合『寿限無』といった暗唱・音読して楽しい演目が取り上げられ、前者の指導に力点が置かれる傾向にあるという。
これに対して青砥准教授は後者のアプローチ、すなわち落語に内在する「昔の人のものの見方や考え方」を学ぶことにこそ、教材としての落語の価値・可能性があると指摘する。「落語には、滑稽噺や人情噺、怪談噺などいくつもの種類があって、登場人物も実に多彩です。人間の多様な側面を理解する打ってつけの教材といえます。学校教育や現代社会では、合理的に判断することや理性的に行動することが良しとされ、それが『正しい人間の姿』だと刷り込まれがちです。しかし実際の人間は、もっと多彩な側面を持っています。落語という言語文化を通して、『多様で多面的である』という『人間観』を教えることができます」とその意義を語る。
とりわけ落語に内在する「人間に対する捉え方」が象徴的に表れる噺として、滑稽噺を挙げる。「落とし噺」などといわれる滑稽噺では、しばしば人間の愚かさ、間抜けさ、強欲さ、狡さ、弱さが描かれる。しかしそうした一見ネガティブな側面を決して否定せず、ありのままに捉えようとする眼差しに、青砥准教授は価値を見出す。「落語が描くこのような人間の本質的なありようを、立川談志は『人間の業』と表現しています。落語の世界では、こうした『人間の業』を描きながらも、それを否定したり非難したりするのではなく、『まったく、仕方がないねえ』と許容し、受け入れる語りが成立します。『人間の業』にあきれながらも、それを『仕方がない』と笑い飛ばす寛容さがある。こうした人間に対する温かい眼差し、昔の日本人の『人間観』に気づき、人間に対する認識を深めることができる。そこに落語の国語科教材としての新たな可能性があるのではないでしょうか」と問いかける。
子どもにとって楽しい学びの場づくりに貢献したい
青砥准教授はこれまでの研究で、教育現場で日々子どもたちに接している現職教員を対象に調査・分析を行い、現代の子どもたちは「他者を攻撃するユーモアや笑い」を好む傾向にあること、ユーモアや笑いの内容が適切かどうかを判断する力が不足していることなどを明らかにしている。「人をバカにしたり、貶めたり、傷つけたりするために発せられる『攻撃的な笑い』や、その場がただ楽しければいいといった無目的な『遊戯的な笑い』ではなく、人を助けたり、力づけたりするために発せられる『支援的なユーモア』を教室の中にいかに増やせるか」と問題を提起する。
現在、「教室ユーモア」を捉える視点を確立するために、「教室でどのような笑いが起こっているのか」を詳らかにする新たな研究に着手している。小学校と中学校といった発達段階、あるいは新学期と1年が過ぎた3学期で、教室の起きる笑いに質的・量的な違いはあるのか、教育現場の調査を通じて明らかにしていく計画だという。
最後に研究に打ち込む原動力を「『今日、学校が楽しかった』と、子どもたちに感じてもらうこと」と語った青砥准教授。「子どもたちにとって学校が楽しい場所、居心地の良い場所であってほしい。ユーモアや笑いの価値を学術的に解き明かすことで、その醸成に貢献したいと考えています」。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
-
『ユーモア力の時代 日常生活をもっと笑うために』瀬沼文彰/日本地域社会研究所
-
『ユーモア心理学ハンドブック』R.A.マーティン 著 野村亮太、雨宮俊彦、丸野俊一 監訳/北大路書房
-
『落語―哲学』中村昇/亜紀書房
教員著作紹介
-
「教室ユーモア」の分析視点に関する基礎的研究佛教大学教育学部学会紀要、20号
-
子どもの「ユーモア能力」育成のための指導事項の検討―特に現状の問題や課題に焦点を当てて―笑い学研究、25号
-
「教室ユーモア」研究と国語科教育の接点月刊国語教育研究、552巻
青砥 弘幸
/ 佛教大学 教育学部准教授
AOTO Hiroyuki