#仏教#こころ#歴史#ことば#文学
現代ポップカルチャーに宿る
古代インドの思想。
細田 典明佛教大学 仏教学部教授
Introduction
ウパニシャッドから初期仏教に至る思想史を研究する細田典明教授。古代インドの思想が、ポピュラーミュージックや人気映画など、現代の文化やエンターテインメントにも影響を与えていることを指摘する。
古代インド思想が仏教を通じ、現代まで受け継がれてきた
ビートルズの楽曲「アクロス・ザ・ユニバース」を聴くと、“Jai guru deva om…”という耳慣れないフレーズが何度も繰り返されることに気がつく。「これは古代インドの文語・サンスクリット語の言葉です。またビートルズの別の楽曲『ノルウェイの森』のあの有名なイントロは、インドの楽器シタールで奏でられています」と説明する細田典明教授は、古代インドの哲学思想ウパニシャッドから初期仏教に至る思想史を専門に研究している。
この二曲に限らずビートルズの楽曲には、インドの影響を色濃く感じさせるものが少なくない。その背景を「古代インドで成立したウパニシャッドの思想が、仏教を通じて日本をはじめ世界で受容されて現代にまで受け継がれ、さまざまな文化・芸術を育む要因になっています」と説明する。
歴史を遡ると、初期仏教が成立したのは今から約2500年前。ウパニシャッドは、その興起以前にあった哲学思想である。細田教授の解説によると、ウパニシャッドの主テーマは「梵我一如」という言葉で表されるという。「梵」すなわち「ブラフマン(世界の本質)」と、「我」すなわち「アートマン(自己の本質)」は同一であり、それを知ることで最高の境地に至ろうとする。
「かみ砕いて言えば、現実に満ち溢れた苦しみから自由になること。ウパニシャッドの思想では、それは決して『死』を意味するものではありません。『アートマン(自己の本質)』=『不死』に至ること。ウパニシャッド思想、さらにその後に続く仏教では、この境地に至ることで、肉体の終わり、『死』を乗り越えるのです。これは、人が死んだ時、魂の宿っていた肉体を敬意を持って埋葬するという考え方にもつながります」と説く。
現実の苦しみから脱して自由になるための救いの道、ゲートウェイとして、古代インドの思想や仏教は機能していたのだと細田教授は説明する。
現実の苦しみや死を乗り越えていく
そこにインド思想や仏教が役割を果たしてきた
「ウパニシャッドと仏教とを大きく隔てているものがあるとすれば、それはブッダという『人』の存在です」と続けた細田教授。紀元前500年頃に成立したとされるウパニシャッド哲学思想は、神々から与えられた言葉が書物のかたちで残され、ヤージュニャヴァルキヤといった幾人かの思想家によって後の世に伝えられた。「それに対して仏教は、ブッダという実在の人間が苦行の末に見出した悟りを、多くの人に広めていきました」と言う。
同時代には、ブッダの教えに懐疑的で、詭弁を弄して反論する思想家も現れた。その6人の思想家たちは、仏教の立場から批判的に「六師外道」と称されている。「彼らの現実との向き合い方は、ブッダとは正反対で、『善行を積んでも善をなしたことにはならないし、悪い行いをしても誰も見ていなければわからない。だから善悪いずれの報いも存在しない』と主張しました。しかしたとえ他人をごまかすことができたとしても、己だけは自らの行いを知っています。己からは決して逃れることはできないのです」と語る。
また細田教授は歴史を紐解き、興味深い事実について言及する。「ブッダが登場したおよそ2500年前、紀元前400年代頃を境に世界各地で後世に影響を与えた思想家が次々と登場します。ギリシアでは、ソクラテス、その弟子プラトンが、中国では老子や孔子が活躍し、その思想は孟子に受け継がれていきました。国や年代に違いはありますが、いずれにおいても、それ以前の思想には見られなかった、死後の世界や死に対する言及が登場するようになるのが特徴的です。ドイツの哲学者カール・ヤスパースは、この時代を第一枢軸期と呼んでいます」。さらに世界に影響を与える次のエポックメイキングな出来事として10世紀以降、キリスト教世界ではルターの宗教改革、日本においては鎌倉仏教の勃興を挙げた。
いずれにしても共通しているのは、閉塞した社会の中でたくさんの人々が苦しんでいたということだ。そうした現実と向き合い、出口を提示する。世界のそれぞれの場所でその道を示した人がおり、「インドにおいてその人はブッダであった」と細田教授は語る。
異なる環境・異なる世界の思想を見て改めて気づかされるのは、人は同じことを考え、同じことに悩み、苦しんでいるということだ。人間が抱える課題は古今東西を問わず、普遍的にある。それをどう乗り越えていくか。そこに哲学思想や宗教が役割を果たしてきたといえる。
伝統芸能からポップカルチャーにまで及ぶインド思想の影響
「インド思想は仏教という形を経て時代を超えて現代に至り、さまざまな文化やエンターテイメントに影響を与えています」と細田教授。日本でも古くは雅楽や能、歌舞伎をはじめ、文学や芸術作品にインドの影響を見ることができる。近代以降も、多くの作家・芸術家がインドを題材に創作を行ってきた。いまやそれは現代のポップカルチャーにも及んでいる。
「特に現代では、音楽や映画などのエンターテインメントの与える力は大きい」と言う。冒頭に示したビートルズのように、ポピュラーミュージックの中にも取り込まれ、それら通じて現代の人々に少なくない影響を及ぼしている。「日本を代表するミュージシャンにも、インド思想の影響を受けた人は少なくありません」と細田教授。流行歌のフレーズや娯楽映画のストーリーの中に潜む、古代インドから受け継がれたメッセージが、今も多くの人の心を動かし、厳しい人生を生き抜く力になっている。
BOOK/DVD
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(C) 2003 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved. -
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表彰
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日本印度学仏教学会賞(日本印度学仏教学会) 1997年6月
細田 典明
/ 佛教大学 仏教学部教授
HOSODA Noriaki
[職歴]
- 1985年4月~1993年11月 北海道大学文学部・助手
- 1993年4月~2007年3月 北海道大学大学院文学研究科・助教授
- 2007年4月~2019年3月 北海道大学大学院文学研究科・教授
- 2019年4月~現在に至る 佛教大学 仏教学部・教授
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