#地域#ケア#障害#環境

変化する農山村の暮らしを支える、
農村ソーシャルワーク。

髙木 健志佛教大学 社会福祉学部教授

Introduction

代社会が抱えるさまざまな課題が最初に浮き彫りになる場所の一つが、農山村過疎地域である。髙木健志教授は、現代の農山村における調査を手がかりにしながら、「農村ソーシャルワーク」を構想し、農山村から次代の社会のあり様を考えている。

01

農山村の人々の暮らしと課題は
「見えているのに、見ていない」

「農山村」と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。

これまで、農山村は、交通の便が悪いなどといった地理的な課題や、住民の高齢化による集落の消滅危機、深刻な介護問題が多く指摘されてきている。また、その一方で、農山村の住民は皆温かく、また住民相互のつながりが都会の住民同士と比べて深いなどともいわれる。しかし、「現実の農山村は、それほど画一的に捉えられるものではありません」。そう語る髙木健志教授は、自身も九州の農山村過疎地域の出身であり、「農山村の人々の暮らしもそれを巡る課題も、実は、みんな『見えているのに見ていない』のではないか」と問いかける。髙木教授はこれまで、精神科病院のソーシャルワーカーとして、退院後の患者の自宅を訪問する支援にかかわってきた。患者が農山村の実家へ退院を希望することも多く、その時の支援の経験も現在の研究に大きな影響を与えている。

髙木教授によると、日本の精神保健医療福祉は今、「入院医療中心から地域生活中心へ」と政策転換が図られ、地域を基盤とした支援に軸足が移りつつある。しかし言葉で言うほど実現は簡単ではない。「重要なのは、退院するということではなく、退院した後の生活をどう再構築していくか」だと力を込める。

02

農山村地域の精神障がい者への
支援の実態を明らかに

退院した精神障がい者が、新たな生活をスタートさせる場所はさまざまだ。それが、住み慣れた農山村や中山間過疎地域の場合もあるだろう。精神障がいを抱えながら中山間過疎地域で生活している人々にどのような支援が必要なのか。「こうした地域は、都市部と違って精神科の医療機関や福祉事業所の数が少ない上に、都市部から遠く、通院も難しい場合が少なくありません。こうした社会資源の質・量ともに圧倒的に少ない地域では『訪問型支援』が有効だと考えています」と髙木教授。とりわけ大きな役割を果たすのが、精神保健福祉士だという。

髙木教授は中山間過疎地域に暮らす精神障がい者に対し、精神保健福祉士がどのような訪問型支援を行っているのか、実践内容についてインタビュー調査を実施。結果を分析し、訪問支援の実践には「情報の精査」「生活の遮断回避」「地域特性の利活用」「気づかれない配慮」と、大きく4つの側面があることを明らかにした。

入手したさまざまな情報を確認する「情報の精査」、生活や社会とのつながりが断絶しないよう「生活のための支援」を行う「生活の遮断回避」に加え、髙木教授が注目したのが、「地域特性の利活用」と「気づかれない配慮」だ。「農山村だからといって必ずしも住民同士の仲がいいとか連帯感があるというわけではありません」と中山間地域の住民に対する一般的に語られるイメージの課題を指摘した髙木教授。確かに、地域特性を理解した上で、生活支援に近隣住民のサポートを活用することもあり得るという。しかし、退院後に受け入れる家族の心情に配慮していくことも、支援を行っていく上では大事になる。そこで実践されているのが、四つ目の「気づかれない配慮」だ。「インタビューでは、病院名の入っていない車で訪問したり、私服に着替えて訪問するなど、近隣住民の関心を引かないように配慮しているといった声が聞かれました。住民として、精神障がい者が集落で住み続けられるよう、精神保健福祉士が近隣住民と利用者やご家族との間を取り持つ実践といえます」と分析する。

農山村・中山間地域に住む精神障がい者にどのような支援が行われているのか、これまで経験的に理解されてきたことを可視化したことは、これまでにない成果であった。「今後さまざまな生活課題や福祉的課題を抱える住民への支援を考えていく上で、一つの手がかりになると考えています」と髙木教授は、精神科ソーシャルワークのその先を、さらに見据えている。

03

「農村ソーシャルワーク」を通じて
現代農山村の課題に応えたい

「農山村・中山間地域に住む精神障がい者に求められる支援について明らかにしてきましたが、それですべての課題が解決するわけではありません」と髙木教授。冒頭に示したように、農山村において高齢化や人口減少を契機とした議論はあるが、農山村に暮らしているのは高齢者だけではない。子どもも、障がいを抱えた住民も、貧困の状況にある住民も暮らしており、実際の農山村の福祉的課題は複雑な状況にある。

農山村地域の住民の生活構造も大きく変化してきている。髙木教授の調査でも、農山村で農林水産業に携わっている人の割合はわずかで、多くは第二次・第三次産業に携わり、ライフスタイルも都市化していることが明らかになっている。しかしそうした人々がどのような生活課題を抱え、解決のためにはどのような支援が関わるのか、その実情はほとんど知られていない。

そこで髙木教授が新たに構想するのが、「農村ソーシャルワーク」である。「農村社会学・農村社会事業・農村福祉といった観点を融合させ、現代農山村の住民の福祉的課題とソーシャルワーク実践を指すものとして考案しました」と言う。だがこれは単に農山村におけるソーシャルワークだけを議論の的にしているわけではない。「現代の農山村におけるソーシャルワークに着目することで、未来のソーシャルワークの姿を考えていきたい」と展望している。髙木教授自身が農山村で育ってきたこと、そして、ソーシャルワーカーとして農山村で支援の実践経験があったこと。これらをもとに、今後さらに現代の農山村の社会状況から、そこに起因する多様な社会状況に研究を広げていきたいと考えている。いつまでも農山村で暮らしを営み続けることができる社会であり続けるために、髙木教授は歩を進めている。

2022年10月更新

BOOK/DVD

このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。

  • 『農村ソーシャルワーク』髙木 健志/学術研究出版

  • 『「実践」が〈理論〉をコントロールするのであって、〈理論〉が「実践」をコントロールするのではない』藤田徹、中村文哉、吉田仁美、庄司知恵子、白石雅紀、高木健志、菅野道生/ブイツーソリューション

教員著作紹介

  • 『ソーシャルワーカーのための研究ガイドブック』中央法規出版(分担執筆)

KEYWORD

  • 地域
  • ケア
  • 障害
  • 環境
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SDGsとの関わり

髙木 健志/ 佛教大学 社会福祉学部教授

TAKAKI Takeshi

[職歴]

  • 1999年4月~2004年3月 国立療養所菊池病院・厚生技官(ケースワーカー)
  • 2004年4月~2005年2月 富生会桜が丘病院・医療社会事業部・主任
  • 2005年4月~2008年3月 川崎医療短期大学・介護福祉科・講師
  • 2008年4月~2020年3月 山口県立大学・社会福祉学部・准教授他歴任
  • 2020年4月~2022年3月 佛教大学・社会福祉学部・准教授
  • 2022年4月~現在に至る 佛教大学・社会福祉学部・教授
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