#歴史#伝統#文学

現代に生きる「神話」に
多様化社会で共存するヒントを見る。

清川 祥恵佛教大学 文学部講師

Introduction

代においてなお文学や映画、さまざまなエンターテインメントで「神話」が語り継がれている。清川祥恵講師は、架空の物語でありながら民族の「記憶」、「歴史的真実」を内包する「神話」の意味を問う。

01

「真実」と認められたフィクションとしての「神話」とは

19世紀イギリスの詩人ウィリアム・モリス(1834-1896)は、中世の世界に理想を見て、その情景を数々の作品に登場させた。「人々の『夢』の中にだけあって『どこにもない世界』にたどり着く物語は、まさに今直面する問題を明らかにし、解決したいという願いによって、昔も今も描かれ続けています」と、モリスの作品を研究する清川祥恵講師は言う。そうした「物語」の一つとして関心を持っているのが「神話」である。

ここでいう「神話」とは、単に神々が登場する「架空の昔話」を指すのではない。「そもそも『神話』は、古代ギリシャ語で広く『伝承文学』を意味する言葉で、決して神の物語だけを指すものではありませんでした。英語では“myth”と表現されますが、2022年時点の最新の定義では『概して、社会の初期の歴史や、宗教信仰・儀式、自然現象にかんする説明・原因論・正当化を具体化し、提供するものである伝統的な物語』とされているように、近代以降『神話』は、人々によって『真実』と認められたフィクションと見なされるようになっていきます」。

02

「イギリスの神話」になったアーサー王伝説

清川講師によると、イギリスでも「神話」は近代以降、ギリシャ・ローマの神話のみならず、文化的にまったく異なる地の神話であっても、「自分たちの神話」とのつながりが意識され、盛んに語り継がれていく。

象徴的なのが、イギリスで広く大衆に愛されている「アーサー王伝説」である。アーサー王は、5世紀末から6世紀にかけて活躍したとされる伝説上の英雄だ。「18世紀に好古趣味が流行して以降、『中世』を理想の世界として夢見る風潮が流行します。そこで脚光を浴びたのが、アーサー王です」と清川講師。トマス・マロリー(1405-1471)の『アーサー王の死』が再出版されたり、アルフレッド・テニスン(1802-1892)による『王の歌』などアーサー王にまつわる作品が次々と出版された。モリスも例にもれず、アーサー王伝説を題材にした詩集『グウィネヴィアの弁明』などを著している。

中世の世界を理想化する風潮の一環である騎士道精神への憧憬も加わって、アーサー王伝説はイギリスらしさの模範を示す「イギリスの神話」として語られるようになったのだという。アーサー王の英雄譚はさらに拡大を見せ、アメリカでもアングロサクソン系移民のアイデンティティを表象する物語として使われるようになっていった。実際のところアーサー王伝説の起源はイングランドではなく、ケルト文化にあるという見方が現在の定説であるのだが、いまもこのイメージは根強いという。

また19世紀のイギリスでは、北方神話を自分たちと根源的なつながりを持つ神話として取り込もうとする動きも一部で活発になった。モリスは晩年に今日でいう「ファンタジー文学」を多く執筆したが、その中で北方神話のような異国の神話を用いて、自分たちの「ルーツ」の可能性を提示する物語を描いている。

「英米において『神話』は、本当に自分たちのルーツかどうかという事実は問題ではなく、たとえ架空の物語であっても、民族の『記憶』という『歴史的真実』であると意味づけられ、文化的伝統の源泉として深く根を下ろしていきました」と清川講師は解説する。

03

『ブラックパンサー』に見る「共通の神話」を持たない
アフリカ系アメリカ人の葛藤

「神話」は、20世紀以降も文学作品などさまざまなメディアで繰り返し語られている。現代において大きな影響力を発揮しているのが、ハリウッドなどで制作される大作映画だ。「ファンタジー文学を映画化した『ロード・オブ・ザ・リング』三部作や『ハリー・ポッター』シリーズなどが世界的人気を博し、さらに近年はアメリカン・コミック作品の実写化が盛んになり、現代社会における英雄像を具体化した「神話」である「スーパーヒーロー映画」が一つのジャンルとして確立されている。

その中の一つ、2018年に公開された初の「黒人」スーパーヒーロー映画『ブラックパンサー』に注目した清川講師は、この作品の中に、アフリカ人、あるいはアフリカから各地に離散した「黒人」として「共通の神話」を語ることのできない人々のアイデンティティの葛藤を見る。

現代のアフリカ系アメリカ人は、かつてアフリカ各地から強制的にアメリカに連れてこられた人々にそのルーツを持つ。歳月を経てその血脈や文化は次第に複雑化し、もはや「黒人性」を厳密に言い表すことは不可能になっているともいわれる。「映画『ブラックパンサー』には、祖先に対する共通の記憶を持たないアフリカ系アメリカ人が『神話』を通して失われた過去に接触しようと試みるものの、うまくいかないジレンマが随所に見て取れます」と清川講師は指摘する。こうしたアフリカ系アメリカ人と祖先との断絶、自らが黒人であるかどうかというアイデンティティの葛藤は、黒人文学作品などで吐露されてきた。その系譜にマーベル映画も連なっているのだ。

また、「アフリカ」そのものの表象も問題だ。例えば、映画の冒頭で語られる、アフリカの架空国家ワカンダの「故郷の物語」では、パンサーの女神バストからビジョンを受け取ったシャーマンの戦士が、初のブラックパンサーになったと説明される。「ここに登場する『バスト』とは、古代エジプト神話の主要神のことです。これによってブラックパンサーの起源とアフリカの「文明」のつながりが示唆されますが、古代エジプト神話にアフリカの多様な人々の物語を代表させることには批判もあります」。「神話」を語ることは、昔も今も、文化とアイデンティティに関する議論をともなうものなのだという。

なぜ今なお人々は「神話」を語るのか。その問いに清川講師はこう答えた。「神話を語ることは過去との、そして他者との対話に他なりません。だからこそ神話が持つ普遍性は、これからも多様化する社会で私たちが共存していく上で重要な役割を担っていくように思います」

2022年11月更新

BOOK/DVD

このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。

  • 『イギリス近代の中世主義』マイケル・アレクサンダー(野谷啓二 訳)/白水社

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  • 『ジョン・ボールの夢』ウィリアム・モリス(生地竹郎 訳)/未來社

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教員著作紹介

  • 『人はなぜ神話〈ミュトス〉を語るのか』文学通信(共編著)

  • 『「神話」を近現代に問う』勉誠出版(共編著)

KEYWORD

  • 歴史
  • 伝統
  • 文学
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清川 祥恵/ 佛教大学 文学部講師

KIYOKAWA Sachie

[職歴]

  • 2013年4月~2019年3月 神戸大学・国際文化学研究推進センター Promis(旧 異文化研究交流センター IReC)・研究員
  • 2020年4月~2021年3月 大阪工業大学・工学部・特任講師
  • 2021年4月~現在に至る 佛教大学・文学部・講師
教員紹介

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