#こころ#国際#ケア#健康#マイノリティ
「多文化間カウンセリング」の視点から考える
民族的マイノリティへの心理援助
藤岡 勲佛教大学 教育学部准教授
Introduction
いまや日本にも多くの民族的マイノリティが暮らしているが、彼らに対する心理援助は充分とはいえない。藤岡 勲准教授は、「多文化間カウンセリング」の視点から心理援助を提供できる人材の必要性を説く。
民族的マイノリティはもはや珍しい存在ではない
グローバル化が進展する中で、日本でも多様な民族・人種的背景を持つ人はもはや珍しい存在ではなくなっている。「たとえば、『ハーフ』『ダブル』『国際児』などと呼ばれる人々も、一昔前とは比べものにならないほど増えました。厚生労働省の人口動態調査によると、父母のどちらか一方が外国籍の子どもの出生率は、1990年までは1.1%でしたが、2000年から2019年までの20年間は、およそ2倍の1.9%から2.2%を保っています。背景にあるのは、国際結婚家庭の増加です。人口動態調査を見ても、夫妻の一方が外国籍の婚姻数が占める割合は、1989年から2020年までの間、2.9%から6.1%の間の値を示しています」。そう解説した藤岡 勲准教授は、「こうした現状にもかかわらず、心理援助の分野では、いまだ多様性を尊重した援助が充分に展開されていないように見受けられます」と指摘する。
藤岡准教授は、日本ではまだあまり浸透していない「多文化間カウンセリング(multicultural counseling)」に早くから注目し、研究・実践を行ってきた。「人は誰もが社会的・文化的要因の影響を受けながら生きています。多文化間カウンセリングは、そうした社会的・文化的要因を重視するアプローチで、北米を中心に研究・実践が展開しています」と説明する。
心理援助を求める民族的マイノリティの実態すら掴めていない
「日本では、そもそも民族的マイノリティやその心理援助に関わる研究数が圧倒的に少なく、援助を求めている方々の実態さえ掴めていない現状があります」と藤岡准教授。社会と臨床心理学を橋渡しする役割を果たすのが研究であり、その蓄積が増えなければ援助の充実も望めない。そのため藤岡准教授は、民族的マイノリティに関する研究の実態把握にも積極的に取り組んでいる。
その一つとして、日本の心理学界で最大規模の学会員数を擁し、多くの心理援助職が所属する日本心理臨床学会の学会誌である『心理臨床学研究』に2011年2月までに掲載された全論文をもとに、日本における民族的マイノリティの研究動向の把握を試みた。その結果、「論文数は全部で1,101本。その中で民族的マイノリティを対象とした論文は、わずか9本、0.82%しかありませんでした。いかに民族的マイノリティを扱う研究が少ないかがわかります」。
研究数の少なさに加えて、研究対象に偏りがあることも明らかになった。「日本における国籍別登録外国人数(2010年)第2位の韓国・朝鮮国籍の人を対象とした論文は見つけられましたが、最多68万人以上もいる中国国籍や、第3位、第4位を占めるブラジル国籍、フィリピン国籍の人々に関する研究は、一つも載っていませんでした。その他『ハーフ』『ダブル』と呼ばれる、父母の一方が外国籍の人々を扱った研究もありません」。藤岡准教授の分析から見えてきたのは、とりわけ日本社会と関係の深い人々についての研究が充分なされていないという実態だった。「まずは研究を増やし、多様な背景を持つ人々が置かれている状況を把握することが、心理援助を充実させる出発点になるのではないかと考えています」と藤岡准教授は語る。
社会・文化的要因を考慮しながら
支援を提供できる人材の育成が必要
研究数が少ないのは、とりもなおさず民族的マイノリティの人々が専門的な心理援助を受けにくい現状があるからだ。「カウンセラーなどの専門家の多くが、民族的マイノリティの支援に対し、『自分にはできない』と躊躇うことが、その背景にあると考えています」。カウンセリングや心理療法が白人文化に基づく方法論であることや、クライエントとセラピストの間にある文化や社会階層、とりわけ言語の違いが、民族的マイノリティと心理援助職との距離を作っているのではという。
「こうした状況を打開するためには、民族的マイノリティを支援できる多様な人材を増やすことが重要です。それにはカウンセラーなどの心理援助活動に関わる専門家だけでなく、学校の教師、あるいは職場の上司、家族を含めた当事者を取り巻く人々など、社会のあらゆる立場の人々の民族的マイノリティに対する知識や理解を底上げする必要があります」として、藤岡准教授は研究活動のみならず、地域や組織、広く社会への啓発活動も重視している。
藤岡准教授は、多文化間カウンセリングの知見をもとにしながら、社会・文化的に多様な背景を持つ人々と関わる上で重要な3つの能力を挙げた。「他者についての『知識』、自分自身に対する『気づき』、そして行動に移す上での『スキル』です。一つ目は、慣習や価値観や行動様式など、民族や社会・政治制度によって異なる、実に多様な知識が望まれます。二つ目の『気づき』とは、まず自分自身が社会・文化的影響を受けていると自覚することです。とりわけ社会的マジョリティに属する人は、知らず知らずに受けている特権や、持っている価値観、バイアスに無自覚になりがちです。たとえば、逆に自分が海外に行き『マイノリティ』の立場になった時など、身近な体験を通して、それらに気づくことが望ましいと思います」。そして最後が「スキル」だ。知識や気づきがあっても、スキルがなければ支援は難しい。言語的/非言語的に適切かつ的確な情報のやりとりができる能力や、状況を適切に判断する能力とともに多様な援助スキルが求められる。
もちろん世界には数多くの民族がおり、すべての文化圏の人々に適切に関わる能力を身につけることは現実的には不可能だ。そこで重要となるのが、近年、多文化間カウンセリングで注目されている「謙虚な態度」だという。つまり、「何より大切なのは、可能な限り3つの能力を育みつつ、『謙虚な態度』で、文化的に多様な人々と関わることです。自分自身の心構えや姿勢を変えるだけで、支援が上手くいく可能性はずっと高くなるはずです」と藤岡准教授。民族的マイノリティの人々への理解を深めつつ、専門家のみならず、社会全体で幅広い支援を柔軟に提供できる人材を育成していく必要があると結んだ。
BOOK/DVD
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『あなたにもできる外国人へのこころの支援:多文化共生時代のガイドブック』岩崎学術出版社
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教員著作紹介
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「文化的に多様な人々に関わる能力(Multicultural Competence):多様性を尊重した支援のために」『佛教大学 幼稚園カウンセリング』第7号
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『臨床心理学概論』ミネルヴァ書房(分担執筆)
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『臨床言語心理学の可能性:公認心理師時代における心理学の基礎を再考する』晃洋書房(分担執筆)
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『臨床現場で役立つ質的研究法:臨床心理学の卒論・修論から投稿論文まで』新曜社(分担執筆)
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「『心理臨床学研究』における民族的マイノリティを対象とした研究活動」『心理臨床科学』第4巻第1号
藤岡 勲/ 佛教大学 教育学部准教授
FUJIOKA Isao
[職歴]
- 2011年4月~2014年3月 東京大学・学生相談ネットワーク本部学生相談所・助教
- 2014年4月~2019年3月 同志社大学・心理学部・准教授
- 2019年4月~現在に至る 佛教大学・教育学部・准教授
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