#こころ#国際#貧困#家族#子ども#健康
子どもたち自身が話し合い、
主体者となって考える「子どもの権利」。
武内 一佛教大学 社会福祉学部教授
Introduction
小児科医としての経験を礎に、「子どもの権利」に力点を置き、医療と福祉をつなぐ研究に取り組む武内 一教授。「子どもの権利条約」について子どもたちが話し合う国際的な取り組みを日本で初めて実施した。
子ども自身が「子どもの権利条約」を語る日本初の取り組み
「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。(以下略)」。「子どもの権利条約」第12条1には、子どもの意見表明権がこう明示されている。
「欧米諸国では、 子ども自身が自分の権利を表明する重要性が認識され、それに関する研究も数多く蓄積されています。しかし日本では、子どもが自分の権利について意見を言う機会もそれに関する研究もほとんど見られません」と武内 一教授は指摘する。
小児科医として豊富な臨床経験をもつ 武内教授。現在は「子どもの権利」に力点を置き、医療と福祉をつなぐ研究に取り組んでいる。その一つとして、「子どもの権利対話(Global Child Right Dialogue:GCRD)」という国際的な取り組みを日本で初めて実施した。
「GCRD」は、国連子どもの権利委員会が後援する、子どもの発達と子どもの権利に関する専門家グループ「Global Child」が取り組むプロジェクトだ。世界36カ国の55団体が実施し、子ども自身が「子どもの権利条約」の条文を守るよう政府に提言することを目指している。武内教授は本プロジェクトから依頼を受け、和歌山県と大阪府において2回にわたって「GCRD」を実践した。
子どもにも自分の権利を捉え、意見を言う力がある
2019年3月、和歌山県・大阪府でそれぞれ12名の子どもに参加を募り、プロジェクトを統括するGCRD事務局が作成した手引書に基づいて権利対話が行われた。具体的には、小学校高学年、中学生、高校生からなる6人グループで、「子どもの権利条約」の中の「教育と余暇、文化活動」(28条・29条、30条、31条)「障がい、健康と福祉」(23条、24条、26条、27条、33条)「一般原則」(2条、3条、6条、12条)の中から2つの条文 について話し合う。
まず進行役が「子どもの権利条約」の内容を子どもにも理解できる言葉でわかりやすく説明した上で、どのようなことを話し合ってほしいか、企画の概要を伝える。話し合いは、子どもたちの主体性に任せて進められる。進行役は、議論に詰まった時に方向性を示すだけで、自らの意見を述べたり、議論に介入したりせず、見守ることに徹する。子どもたちは各条文について約1時間 にわたって話し合い、最終的に全員で政策提言をまとめて終了となる。
話し合いの過程と政策提言を整理・分析した武内教授は、予想以上に子どもたちが自分の意見を語ることに驚き目を見張った。子どもながらに自分たちの権利を的確に捉え、話し合いを通じて意見をまとめあげるだけでなく、政策提言まで行う力があることを確認できたという。
提言内容についても、「政策立案者が真摯に傾聴すべき中身を含んでいた」と評価する。「例えば28条及び29条の教育権についての話し合いの中で、10歳の参加者から『政府はまずなぜ教育が必要なのか、目的を自分たちに教える必要がある』との意見が述べられました。この主張はすなわち、子ども主体で教育が存在していないという訴えだと受け止めるべきだと考えます」と分析する。「国の政策に対する子どもたちの意見を社会に伝えたい。知見の蓄積に留まらず、社会変革につながる研究になると考えています」とその意義を語る。
今回の研究成果に力を得て、現在は韓国、スウェーデン、アフリカのタンザニアの研究者と連携し、各国の子どもたちによる「GCRD」を実施する計画を進めている。「子ども自身が自分たちの権利について考え、話し合い、政策提言につなげる取り組みを、世界に広げたい。今回の『GCRD』を通じて、日本の子どもたちにも『意見を言う力』があることは確かめられたものの、子どもたちの多くは、周囲や大人たちに気を遣って自分の率直な意見を胸に閉じ込める傾向にあることも感じています。今回の海外の取り組みから、それを打破する方法についても学べたらと考えています」と期待を膨らませる。
コロナ禍で直面
子どもの権利が侵害される危機
武内教授はかねてから「子どもを研究対象と見るのではなく、『共に研究する主体者』として位置付ける研究」に関心を抱いてきた。「人文社会学系の研究領域でも、こうした参加型の手法を用いた実践や研究が広がりつつありますが、子どもや患者、障がい者など社会的に弱い立場の人がこうした研究に主体的に関わる機会はまだ不足しています」と言う。
武内教授は小児科医として医療に従事する中で、社会や家庭の事情で必要な医療を受けられずにいる子どもの存在に目を向けるようになった。「小児科医として一人ひとりの病気を治療するだけでなく、根本原因への対策を考えることも重要だ」との思いに駆られ、社会医学研究の道に入った経緯がある。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の中でも「子どもの健康やウェル・ビーイングに関わる権利が大きく侵害される事態が起きました」と武内教授。COVID-19の感染拡大初期、小児への種々のワクチン接種が激減した。とりわけ相対的貧困世帯においてその傾向が顕著だったという。またコロナ禍での子育て世帯の生活状況についても、相対的貧困世帯ほど生活に困難を感じていることも明らかにしている。「COVID-19パンデミックの中で、子どもたちに必要以上の負担を強いた社会や政策について、子どもの権利を擁護するという視点から今後も批判的に評価していく必要があると考えています」と力を込めた。
相対的貧困:日本政府は可処分所得中央値の半分を貧困線とし、その線を下回る世帯を相対的貧困世帯と定義している
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武内 一/ 佛教大学 社会福祉学部教授
TAKEUCHI Hajime
[職歴]
- 1983年4月~1995年3月 医療法人同仁会・医師
- 1995年5月~1999年3月 国保内海病院・医師
- 1999年5月~2009年3月 医療法人同仁会・医師
- 2009年4月~現在に至る 佛教大学・社会福祉学部・教授
- 2017年4月~現在に至る ウメオ大学・疫学とグローバルヘルス研究科・客員研究員(教授)
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