#子ども#芸術
音楽科授業における
教師の力量形成。
高見 仁志佛教大学 教育学部教授
Introduction
小学校音楽科において、教師の力量を高めるにはどうしたらいいのかを研究する高見 仁志教授。教師の授業実践やライフヒストリーから、彼らの「実践知」の実態を解き明かす。
音楽科における教師の力量形成と実践知
小学校の音楽科は、国語や算数などの教科に比べて授業数が少ない。また、専門の教員が学校内に少ないといった例もめずらしくはない。そのため音楽科授業を行う教師は、他の教師から音楽指導の方法を学んだり、悩みを共有して課題を解決することが難しい。「どのように授業を進めればいいのかわからない」と一人で葛藤している新人教師も少なくないという。
そんな彼らが、教師としての力量を高めていくにはどうしたらいいのか。高見仁志教授は、小学校音楽科に焦点を当て、教師の授業実践やライフヒストリー(教職人生)を分析し、力量形成の方法を探究している。
再生刺激法というインタビューを用いて、音楽科授業における教師の思考の構造を詳らかにし、「実践知」モデルを構築している(図1参照)。それによると、教師の実践知は2層で構成され、それぞれ「即時の知」と「信念・価値観としての知」として位置づけられるという。「『即時の知』とは、教師が目的遂行や問題解決のため、状況に応じて稼働させる、いわば『スキル実行の知』です」と言う。
「即時の知」と名づけた理由は、「この知が、授業中、教師が教授行為をとるその瞬間・そのタイミングに凝縮されて立ち現れてくるものだからです」と高見教授は解説する。「音楽科では、音楽や音というその場で雲散霧消する素材を扱います。そのため教師は、それまで培ってきた実践知を適切な場面で瞬間的に稼働させなければなりません。それが音楽科授業の難しいところです」と主張する。
一方で、スキルだけでなく、それを支える基盤として「信念・価値観としての知」(その教師の信念や価値観)も重要になる。「これは、即時の知が稼働するプロセスに影響を与える『原理的な知』と捉えられます。『即時の知』と『信念・価値観としての知』、この二つの知は相互に関与し合い、内在化と外在化を繰り返しながら更新され続けていくと考えています」と説明する。
熟練教師と新人教師の実践知の違い
高見教授は、優秀な熟練教師と新人教師の思考を比較し、音楽科授業における両者の実践知の差異を解き明かそうと試みた。
分析方法として採用したのが、「再生刺激法」である。まず調査対象者が行う音楽科の授業を録画する。授業後、可能な限り早い段階で対象の教師に録画した映像を見せ、授業の各場面でどのような思考を巡らせていたのかをインタビューで聴取する。この手続きは、教師の思考を読み解く質的研究法の一つとされている。
「分析した結果、まず優秀な熟練教師に特長的に見られたのが、着眼点の多様さと具体性でした。新人教師が児童の発言や活動といった目や耳から入る情報だけを捉えているのに対し、熟練教師は、児童の関心や意欲、態度など、目に見えないものや聴こえないことも深く捉えています。しかも児童個人を見つつ、クラス全体も広く見ていることが分かりました」と言う。
また熟練教師は、推論や見通しを持った判断を多く行っていることも明らかになった。例えば「児童がこの音をうまく発せられないのは、発達段階上の問題だろうから、今回の授業で無理にやらせるのはやめておこう」というように、熟練教師は推論や見通しを持った判断を多く行う。
また教授行為でも、熟練教師と新人教師では違いは明白だった。とりわけ顕著だったのが、「評価」の回数だという。「新人教師の授業では『指示』だけで終わる場面が多いのに対し、熟練教師は指示だけでなく『評価』を付け加えることが多いのです。まるで評価することで学習を促進しているかのようです」と高見教授は強調する。
今後は、こうした分析から得られた示唆を、音楽科授業におけるメンタリング・プログラム(新人教師を育てるプログラム)へと結実させていくという。
ライフヒストリーからひも解く
「実践知」再構成のプロセス
「優秀な熟練教師も最初から力量が備わっていたわけではなく、長い職歴の中でさまざまな危機を乗り越えながら実践知を培ってきたはずです」。そう語る高見教授は、教職経験が音楽科教師の力量形成に関与しているという観点から、教師のライフヒストリーにも注目している。教師への個別インタビューから音楽科授業に関する個人史を描き出し、転機となったライフステージの特徴を分析している。
「特に教師の『実践知』の根幹となる『信念・価値観』が再構成されていく『転機』が興味深い」と高見教授。他方、個人的なライフヒストリーだけでなく、時代に共通する経験(コーホート)から生まれる『信念・価値観』もあると指摘する。「現代を生きる私たちが共通して大きな影響を受けた直近の事例はもちろん、新型コロナウイルスの感染拡大でしょう。歌えない、演奏できない、そんな状況が何年も続く・・・。今まさに教師たちは、音楽科授業に対しても『信念・価値観』の再構成を迫られているのです」と高見教授。「ライフヒストリー研究を通して、厳しい状況にある教師の方々にとって一条の光となる知見を提供していきたい」と研究を続けている。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
教員著作紹介
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『新しい小学校音楽科の授業をつくる』ミネルヴァ書房(編著)
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『初等音楽科教育 ─保幼小の確かな連携をめざして─』ミネルヴァ書房(編著)
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『音楽科における教師の力量形成』ミネルヴァ書房(単著)
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『担任力をあげる 学級づくり・授業づくりの超原則 ─レベルアップの壁に挑む─』明治図書出版(単著)
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『担任・新任の強い味方!! これ1冊で子どももノリノリ 音楽授業のプロになれるアイデアブック』明治図書出版(単著)
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『「表現」がみるみる広がる!保育ソング90』明治図書出版(共編著)
関連書籍
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『新版 中学校・高等学校教員養成課程音楽科教育法』教育芸術社(分担執筆)
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『音楽教育研究ハンドブック』音楽之友社(分担執筆)
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『教員養成課程 小学校音楽科教育法』教育芸術社(分担執筆)
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『「表現」がみるみる広がる!保育ソング90』明治図書出版(共編著)
作品(作曲)
丹波市立青垣小学校 校歌
高見 仁志/ 佛教大学 教育学部教授
TAKAMI Hitoshi
[職歴]
- 1987年4月~2005年3月 兵庫県・公立小学校・教員
- 2005年4月~2012年3月 湊川短期大学・幼児教育保育学科・教授他歴任
- 2012年4月~2013年3月 畿央大学・教育学部・准教授
- 2013年4月~2015年3月 佛教大学・教育学部・准教授
- 2015年4月~現在に至る 佛教大学・教育学部・教授