#仏教#芸術#歴史
敦煌莫高窟の仏教壁画に
武則天の影響を見出す。
大西 磨希子佛教大学 仏教学部教授
Introduction
敦煌
敦煌莫高窟に描かれた弥勒変相図の謎を追う
砂漠の中のオアシス都市、中国甘粛省敦煌市。その南郊にある
「変相図とは、大乗経典に記された場景や説話を、動的表現を用いつつ視覚化した仏教絵画のことで、経典の名などを冠して某変、某変相ともいいます。弥勒を描いた弥勒変相図が敦煌莫高窟で最初に出現するのは隋代(581-618)ですが、唐代(618-907)に入ると、その表現は大きく変化します」。隋代の弥勒変相図は、
武則天のイメージ戦略の産物?!
大西教授が着目したのは、「弥勒下生経変」の出現時期が、唐の三代皇帝・高宗の皇后である武則天の治世(624-705)に当たるとされてきた点だ。厳密にいえば「弥勒下生経変」の出現そのものについては、もう少し遡る可能性がある。しかし、武則天期に「弥勒下生経変」が盛んに描かれていることは事実であり、そこには武則天との関係が潜んでいるかもしれないと考えたのだ。
武則天は、病弱な高宗に代わって実権を握り、ついに皇帝となって周王朝を建て君臨した。「武則天が皇帝になる際、自らを『(この娑婆世界に)下生した弥勒仏である』と宣伝したことはよく知られています。そこで、その頃の『弥勒下生経変』には、『下生の弥勒』として皇帝位に登った武則天の影響があるのではないかと考えました」。王朝交替の易姓革命を実現させるだけでなく、女性の身でありながら帝位につくということは、並大抵のことではなかった。そこで武則天が利用したのは仏教であり、正統性を主張するために打ち出した戦略の一つが、自らを仏教的救世主たる弥勒仏だとする宣伝であった。
大西教授によると、「弥勒下生経変」の他にも、こうした武則天のイメージ戦略の産物と考えられる例があるという。その一つは、武則天期に倚坐形如来像がすべて弥勒仏に固定化されたことだ。「初唐期、倚坐形の如来像には、弥勒仏以外に
武則天が自らにまとわせたイメージは、これだけに留まらない。大西教授は、『
文献によると、武則天は尊号に弥勒の異称である「慈氏」や金輪王の「金輪」を加え、一時は「慈氏越古金輪聖神皇帝」とも名乗っていた。「これは武則天が転輪聖王の中でも最も優れた金輪王であると同時に、この世に下生し理想郷を実現する弥勒仏でもあるということを、人々に示すための
武則天の実際の行為が壁画に反映されたのではないか
武則天が「弥勒下生経変」に及ぼした影響を具体的に示すものとして、大西教授がはじめて指摘したのが、七宝の表現である。七宝とは、転輪聖王が持つとされる七種の宝物(金輪宝、象宝、馬宝、珠宝、女宝、主蔵臣宝、主兵臣宝)である。「敦煌莫高窟の『弥勒下生経変』を時系列に並べて見比べると、初唐の早期の壁画には七宝は描かれていません。ところが武則天の頃から盛唐にかけて、弥勒仏の手前に七宝が描かれるようになります。このような表現が見られるのはこの時期だけで、中唐期以降は弥勒仏の頭上に、雲に乗って飛来する姿で表されるようになります」。このように七宝の表現が異なる理由は、そもそも経典の記述があいまいで、七宝をどこにどう描くべきかについての手がかりとなる記載がないことに求められる。「興味深いのは、武則天が朝会、つまり宮城の正殿において、前庭に居並ぶ百官から拝礼を受け、聴政する際に、その前庭に七宝を
他にも莫高窟に残された武則天期の壁画には、それ以前とは異なる、新たな要素が複数見出だせるという。それらのなかには少なからず武則天の影響を受けたものがあるのではないか――。現在も、壁画を調査し文献を
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大西 磨希子/ 佛教大学 仏教学部教授
ONISHI Makiko
[職歴]
- 2002年4月~2005年3月 日本学術振興会 特別研究員(PD)
- 2005年4月~2006年3月 国立情報学研究所情報基盤研究系 プロジェクト研究員
- 2006年4月~2008年3月 国立情報学研究所コンテンツ科学研究系 特任研究員
- 2008年4月~2010年3月 サイバー大学世界遺産学部 准教授
- 2010年4月~2015年3月 佛教大学仏教学部 准教授
- 2015年4月~現在に至る 佛教大学仏教学部 教授
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