#歴史#日本
人事制度を通して眺める平安貴族社会の変遷。
佐古 愛己佛教大学 歴史学部教授
Introduction
佐古愛己教授は、華やかなりし平安時代を人事・昇進制度というユニークな視点から切り取り、貴族社会の変容を捉えるとともに、現代にも影響を与えていることを指摘する。
平安時代の人事・昇進制度を研究
優雅で華やかな貴族文化が花開いた平安時代、歌や文学に親しむ心ゆかしい暮らしの一方で、貴族たちは出世のためにコネづくりや奉仕活動に腐心していたかもしれない。
そんな想像を膨らませたくなるユニークな研究成果を挙げているのが、人事・昇進制度に焦点を当てて平安貴族社会を研究している佐古愛己教授だ。
「7、8世紀に天皇を中心とした中央集権国家が確立し、その国家体制が維持された平安時代前期は、律令制の下で人事制度も厳格に規定されていました」と解説する。律令官位制が整備され、現代でいう年功序列のように在職年数に応じて昇進していくのが慣例だった。
それが9世紀から10世紀以降、さらに藤原道長(966~1027)が天皇に代わって政治の実権を握る摂関政治全盛の時代になると、律令制の建前が崩れ、人事制度は大きく転換していくという。佐古教授は、当時の貴族が書き残した日記や位階・官職に関する記録を詳細に読み解き、平安中期以降、従来の官位制や昇進制度が大きく変化し、多様な理由で人事や昇進が行われていた事実を明らかにした。
年功序列の人事制度が形骸化し、人間関係や奉仕活動が昇進に影響
「平安中期以降、それまでの年功序列中心の人事制度に代わって定着していったのが、人間関係によって昇進する制度です」と佐古教授。例えば、「年爵」と呼ばれる制度では、天皇家や身分の高い貴族には、叙位の際に、貴族一人の昇進を推薦できる権利が与えられていたという。「貴族の日記を読んでいると、叙位に関する記述の中に、『白河院御給』などと昇進理由が小さく注記されているのが目につきます。これは白河上皇の推薦によって、ある貴族が昇進したことを示しています」。中・下級貴族の出世にとっては、勤続年数よりも、皇室や摂関家など有力者との姻戚関係や主従関係こそが重要だったのだ。
平安中期になると、有力貴族は荘園などの私的な土地所有を増やし、それを管理するために家政機関を拡充し、中・下級貴族たちを家司として私的に雇用するようになる。彼らは自らの荘園や家政機関を維持するために、年爵制度を活用し、雇っている貴族や官人を積極的に昇進させたと背景を説明する。平安後期、上皇が権力を掌握した院政の時代になると、この制度はさらに効力を増し、より上の位階にも推薦の対象が広がっていったという。
また、「石清水行幸賞譲」などと記された記録から、人間関係だけでなく、行事に際して業務を遂行した「褒美」としての昇進もあったことを指摘する。「さらに興味深いのは、行事が催された何年も後に昇進が認められる場合があることです。ここから未行使の権利が記録され、代々継承されていたことも見て取れます」。昇進の権利を得た貴族はそれを忘れないように記録し、子孫の昇進に利用して、身分や家格の継承に努めた。
「これまでの制度史研究では、平安時代後期は律令官位制が形骸化し、位階や官職をお金で売買する売位・売官が横行した時代と見られ、個別制度の解明以外にはほとんど注目されてきませんでした」と言う。それに対し、叙位制度に連動する社会の変化に光を当てたのが佐古教授だった。貴族の日記や『公卿補任』といわれる歴代の官位の任命記録、さらに江戸時代に復興した儀礼・儀式に関する文書などの史料を紐解き、一見バラバラの記録を有機的に結び付けることで、律令制や国家体制が変質し、それに伴って社会構造が変化していく様をリアルに描き出した。
制度が社会や人の思想・行動を変え、現代社会にも影響を及ぼす
佐古教授は現在、平安後期から鎌倉時代にまで射程を広げ、人事制度や社会の変容について追究している。
さらには日本だけでなく、東アジアにも関心は広がっている。「古代日本は、制度の多くを中国や朝鮮半島から取り入れましたが、中には根づかなかったものや、導入されなかったものもあります。その一つが科挙制度です」。科挙とは官吏の登用試験であり、中国の隋代に始まって以降、朝鮮半島や現在のベトナムにあたる地域など、周辺国家に同様の制度として取り入れられていくが、不思議なことに日本は導入しなかった。「中国の律令制に影響を受けた地域の官僚制や人事制度と日本のそれらとの比較検討したい」と展望を語る。
「一つひとつは小さな記録に過ぎないけれど、長いスパンで制度の変化を見ると、社会や人々の思想・行動と密接に関連していることがわかります。例えば、今の日本が抱える問題も、官僚の人事制度が影響している面があると思いますが、人間関係に強く左右される平安時代の人事制度は、現代社会を生きる私達にも影響を及ぼしていると考えられます。制度の研究は地味で、何かを明らかにするには何十年というデータを細かく調べる必要があります。しかし、制度は社会や人間の行動、思考の基準を変えていくような、深く影響を及ぼす力をもっていると思います。それを明らかにするのが制度史研究の興味深いところだと思っています」と佐古教授は目を輝かせた。
BOOK/DVD
このテーマに興味を持った方へ、
関連する書籍・DVDを紹介します。
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『平安時代の貴族と天皇』玉井力/岩波書店
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『古代日本の官僚-天皇に仕えた怠惰な面々』虎尾達哉/中公公論新社
教員著作紹介
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「貴族社会のありかた」吉川弘文館(美川圭・佐古愛己・辻浩和『京都の中世史』)
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「藤原為家譲状」勉誠出版(日本古文書学会編『古文書への招待』)
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「院政・鎌倉期における朝覲行幸の特質と意義―拝舞・勧賞・行啓の分析から―」吉川弘文館(元木泰雄編『日本中世の政治と制度』)
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「平安京の実像-都市と思想」世界思想社(佛教大学歴史学部編『歴史学への招待』)
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『平安貴族社会の秩序と昇進』思文閣出版
佐古 愛己
/ 佛教大学 歴史学部教授
SAKO Aimi
[職歴]
- 2003年4月~2007年3月 立命館大学COE推進機構ポストドクトラルフェロー
- 2007年4月~2012年3月 立命館大学文学部任期制准教授
- 2013年4月~2021年3月 佛教大学歴史学部准教授
- 2021年4月~現在に至る 佛教大学歴史学部教授
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